青色申告特別控除は令和9年分(2027年分)の所得税から最大75万円に引き上がります。ただし同時に、現行の55万円区分は消え、65万円もe-Tax(国税庁のオンライン申告システム)送信が必須になります。前々年の総収入が1,000万円を超え、かつ簡易簿記のままの事業者は、何もしなければ10万円控除すら受けられなくなる可能性があります。
本記事は、青色申告の承認を受けており事業所得または不動産所得がある方向けです。副業の収入が雑所得に区分される場合、青色申告特別控除の対象外です。
「75万円に増える」という見出しだけを見て安心するのは早計です。今回の改正は、控除額の上限を引き上げる一方で、控除を受けるための足元の条件を3段階すべてで厳しくしています。特に現行55万円区分(複式簿記〈借方・貸方で取引を記録する正式な帳簿付け方式〉+書面申告)の事業者は、e-Tax送信を追加しない限り控除額が45万円分目減りする可能性があります。
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何がいつから変わるか(現行 vs 令和9年分〜)
改正の根拠は、令和8年3月31日公布・令和8年法律第十二号「所得税法等の一部を改正する法律」による租税特別措置法第25条の2の改正です。e-Gov法令API上の未施行条文(施行日2027-01-01)で本文を確認しました。適用開始は令和9年分(2027年分)の所得税からです。
| 区分 | 現行(〜令和8年分) | 改正後(令和9年分〜) |
|---|---|---|
| 簡易簿記(現金の出入りだけを記録する簡易な帳簿付け) | 10万円(無条件) | 10万円。ただし前々年の総収入1,000万円超は対象除外(新設) |
| 複式簿記+書面申告 | 55万円 | 区分そのものが消滅(改正後の条文に「五十五万円」の文言は一件も残らない) |
| 複式簿記+(e-Tax または優良電子帳簿のいずれか) | 65万円 | 65万円。ただしe-Tax送信が唯一の要件になる(優良電子帳簿だけでは不可) |
| 複式簿記+e-Tax+(優良電子帳簿 または新設ルート) | — | 75万円(新設) |
現行の55万円区分は、財務省「令和8年度税制改正の大綱」の書きぶりに沿えば「e-Tax要件を加えた上で65万円に統合される」という整理になります。ただし実務上は、今55万円で申告している人がe-Tax送信を追加しない限り、控除額は10万円まで落ちます(詳細は次章)。改正条文・大綱ともに、この見直しは令和9年分以後の所得税に適用されると明記されています。
最大の落とし穴:前々年収入1,000万円超は10万円控除もゼロになりうる
改正条文の第2項(新設)は、次の要件に該当する個人を、10万円控除(第1項)の対象から丸ごと除外します。
- 不動産所得を生ずべき事業を営む者:その年の前々年分の不動産所得に係る総収入金額が1,000万円を超えること
- 事業所得を生ずべき事業を営む者:その年の前々年分の事業所得に係る総収入金額が1,000万円を超えること
ポイントは3つです。
- 判定は「所得」ではなく「総収入金額」。利益がほとんど出ていなくても、売上(総収入)が1,000万円を超えていれば対象になります
- 判定年は「前々年」。令和9年分(2027年分)で判定に使うのは令和7年分(2025年分)の総収入金額です。今の申告内容が2年後の控除に影響します
- 複式簿記で詳細に記録していれば、この除外は発動しません(第2項は「第4項に規定する場合=複式簿記で一切の取引を詳細に記録している場合に該当しない場合」に限って適用される規定のため)。除外を避けるのにe-Taxは不要で、複式簿記に切り替えれば10万円控除は守れます。危ないのは「簡易簿記のまま前々年収入1,000万円を超えている」組み合わせです
山林所得のみの人、または所得税法第67条1項(現金主義:発生主義ではなく現金の入出金があった時点で計上する簡易な会計処理)の適用を受けている人は、この除外規定の対象外です(そもそも第2項が適用されない条文構造)。
不動産所得だけは、さらに「事業的規模」かどうかで結果が分かれます。 第2項(1,000万円超の除外)・第4項(65万円)はいずれも「不動産所得又は事業所得を生ずべき事業を営む者」を対象にしており、税務上「事業」といえる不動産の貸付けは一定規模以上(事業的規模)に限られます。それに至らない規模(業務的規模)の不動産所得は、第2項・第4項のどちらの対象にもなりません。
事業的規模かどうかの判定は、所得税基本通達26-9により、まず「社会通念上事業と称するに至る程度の規模」で貸付けを行っているかという実質基準で判断します。その上で、次のいずれかに該当する場合は特に反証がない限り事業的規模とみなすという形式基準(いわゆる5棟10室基準)が定められています。
- 貸間・アパート等:貸与できる独立した室数がおおむね10室以上
- 独立家屋の貸付け:おおむね5棟以上
5棟10室に届かなくても実質基準で事業的規模と判断される場合があり、その逆もありえます。判断に迷う場合は税務署または税理士に確認してください。事業所得にはこの区別はありません。
なお、e-Taxは65万円控除(第4項の”規定の適用”)に課される条件であり、第2項が問う「第4項に規定する場合に該当するか」=複式簿記による記録の有無とは別の話です。 前々年収入1,000万円超の人が複式簿記だけで書面申告した場合、10万円控除は維持されますが、65万円控除はe-Tax未送信のため取れません。
前々年収入1,000万円超の人(事業所得、または事業的規模の不動産所得の場合)の改正後の控除額を整理すると、次のとおりです。
| 帳簿・申告方法 | 改正後の控除額 |
|---|---|
| 簡易簿記のまま | 0円(第2項の除外が発動) |
| 複式簿記+書面申告(e-Tax未送信) | 10万円(複式簿記なので第2項は発動しないが、e-Tax未送信のため65万円は不可) |
| 複式簿記+e-Tax送信 | 65万円(要件を満たせば75万円) |
業務的規模の不動産所得は、これとは別の結果になります。
| 帳簿・申告方法(業務的規模の不動産所得) | 改正後の控除額 |
|---|---|
| 簡易簿記のまま | 10万円(第2項の対象外なので維持) |
| 複式簿記+e-Tax送信 | 10万円(第4項の対象外のため65万円には届かない) |
この整理は、国税庁リーフレット「簡易簿記による10万円の青色申告特別控除を適用している皆様へ」(令和8年4月発行)の図解とも一致します。同リーフレットは「不動産所得に関しては、収入区分が1,000万円超である場合、事業的規模の方のみ控除対象外となり、業務的規模の方は、改正前と同様に最大10万円の控除を受けることができます」と明記しています。
10万円→0円
55万円→10万円
65万円→10万円
65万円→65〜75万円
前提条件(概算): 上記の増減額を「課税所得500万円前後、所得税率20%+住民税10%=合計30%」と仮定して概算すると、55万円→10万円(45万円減、複式簿記のみでe-Tax未送信のケース)は年間約13.5万円の増税に相当します。電子帳簿保存はしているがe-Tax未送信のケース(65万円→10万円、55万円減)は約16.5万円の増税に相当します。実際の税率は課税所得水準によって変わるため、あくまで目安です。
現行55万円区分(複式簿記+書面申告、e-Tax・電子帳簿保存のいずれも未対応)の事業者が最も影響が大きく、マイナンバーカードとe-Tax対応の会計ソフトを用意するだけで45万円分の控除を守れます。放置する理由はありません。
65万円控除の条件:e-Tax送信が唯一の道になる
改正後の65万円控除(第4項)は、複式簿記による詳細な帳簿記録に加えて、確定申告書の提出期限までにe-Taxで送信すること(第7項)が唯一の要件になります。現行のように「e-Taxまたは電子帳簿保存」のどちらか一方でよい、という選択肢ではなくなります。
- 優良な電子帳簿だけを整えていても、書面提出であれば65万円は適用されません
- 逆に、電子帳簿を用意していなくても、複式簿記+e-Tax送信さえ満たせば65万円は取れます
- マイナンバーカードとICカードリーダー(またはスマホ)があれば、確定申告書等作成コーナーや会計ソフトからe-Tax送信できます。手順の詳細は青色申告65万円控除ガイドで解説しています
75万円控除の2つのルート
65万円の要件(複式簿記+e-Tax送信)を満たした上で、さらに次のルート①・ルート②のいずれかを満たすと75万円控除になります(改正条文では第5項第一号・第二号として規定されています)。
ルート①(第5項第一号):優良な電子帳簿保存
仕訳帳・総勘定元帳(複式簿記の基礎となる2つの主要帳簿)について、電子帳簿保存法第8条第4項の要件を満たす形で電磁的記録の備付け・保存を行う方法です。現行65万円ルートの一部だった方法がそのまま延長されています。国税庁リーフレット「簡易簿記による10万円の青色申告特別控除を適用している皆様へ」(令和8年4月)も、このルートを「請求書データ等との自動連携や訂正削除履歴の記録など一定の要件を満たす優良な電子帳簿を作成及び保存している場合」と平易に説明しています。「優良な電子帳簿」の3要件は施行規則第5条第4項に定められています(現行は同条第5項です。改正で項の並びが変わるため、令和9年分以降は第4項を見ます)。3要件は次のとおりです。
- 訂正・削除の履歴確保:記録事項を訂正・削除した場合、その事実と内容を確認できること
- 帳簿間の相互関連性:関連する帳簿同士の記録事項を相互に確認できること
- 検索機能の確保:取引年月日・取引金額・取引先での検索、日付や金額の範囲指定、2つ以上の項目を組み合わせた検索ができること
このルートを使うには、電子帳簿保存法施行規則第5条第1項に定める届出書をあらかじめ(適用を受けようとする前に)提出する必要があります。条文は「あらかじめ」としか定めておらず、具体的な提出期限は国税庁の様式・案内で確認してください。既に65万円控除でこの届出を済ませ、要件を満たし続けている事業者が、令和9年分以降も再届出が必要かどうかは、2026年9月時点で確認できていません。 届出書の正式な様式名は国税庁サイトの電子帳簿保存法関係の届出書一覧で確認してください。
ルート②(第5項第二号):特定電子計算機処理システムでの電子取引データ保存
特定電子計算機処理システム(言い換えると、電子取引=インターネット等でやり取りした請求書・領収書等のデータを、改ざんできない、または改ざんの記録が残る形で保存する仕組み)を使い、電子取引の取引情報に係る特定電磁的記録(電子取引データのうち一定の要件を満たして保存されたもの)を保存する方法です。
このルートの技術要件は既に条文化されています。中身は2つの省令に分かれており、「省令は今後定められる予定」ではなく、どちらも確定済みです。
- 電子帳簿保存法施行規則第5条第5項(特定電子計算機処理システム・特定電磁的記録の要件本体):令和7年財務省令第28号・2025年3月31日公布、2027年1月1日施行。実はこの技術要件そのものは、今年(令和8年度)の措置法改正より1年前の電子帳簿保存法改正で先に作られたものです
- 租税特別措置法施行規則第9条の6(措置法25条の2第5項の委任先。上記の要件を75万円控除に適用するための規定):令和8年財務省令第21号・2026年3月31日公布、2027年1月1日施行
要件を整理すると次のとおりです。
- 電子計算機処理システムが、①訂正・削除すると事実と内容を確認できる、または②そもそも訂正・削除ができない、のいずれかを満たし、かつ国税庁長官が定める基準に適合すること(基準の告示原文は2026年9月時点で未確認のため、本記事では基準の中身には立ち入りません)
- 電子取引データを帳簿に転記する際にも、同じ改ざん防止が効くこと
- 取引データと帳簿の記載内容を相互に確認できること
- システムを使って取引データの授受・保存を行った事実を確認できること
このルートにも届出書の提出が義務です(租税特別措置法施行規則第9条の6第8項)。届出書は電子帳簿保存法施行規則第5条第6項に規定するもので、条文上は「あらかじめ」提出することが要件です。具体的な提出期限は国税庁の様式・案内で確認してください。
令和9年分に向けて、いま何を準備するか
2026年分(今回の確定申告、2027年3月申告)は現行制度のまま変更ありません。令和9年分(2027年分、2028年申告)に向けて、次の順番で準備すると無理がありません。
- 2026年分の申告まで:まだ複式簿記に対応していない場合は、会計ソフトの導入を検討する。クラウド会計ソフトを使えば簿記の専門知識がなくても複式簿記に対応できます
- マイナンバーカードの用意:e-Tax送信にはマイナンバーカードとICカードリーダー、またはマイナンバーカード対応スマホが必要です
- 前々年収入の確認:令和7年分(2025年分)の総収入金額が1,000万円を超えているかを確認する。超えている場合は複式簿記+e-Taxへの移行を優先する
- 75万円を狙う場合:ルート①(優良電子帳簿)の届出書提出、またはルート②(特定電子計算機処理システム)の要件を満たした上での届出書提出を進める。ルート②の技術要件は既に条文化されているため、対応システムの準備は今から始められます
副業から事業所得への切り替えを検討している人は、副業の確定申告2026完全ガイドもあわせて確認してください。経費の記帳方法に迷う場合はフリーランスの経費勘定科目一覧、電子取引データの保存要件はインボイス経過措置スケジュールで解説している電子取引データ保存の実務とも重なります。所得が伸びて青色申告の枠を超えそうな場合は法人化のタイミング判断基準も参考にしてください。
個人住民税は1年遅れで適用される
個人住民税は、前年の所得を基準に翌年度課税される仕組みです。財務省「令和8年度税制改正の大綱」も、個人住民税について所得税の見直しに伴う「所要の措置」を講ずるとしています。この制度構造から、所得税が令和9年分から変わるのに対し、個人住民税は令和10年度分からという1年遅れの適用になります。令和9年分の所得税申告の内容が、令和10年度分の住民税に反映される形です。
FAQ
Q. 2026年分(今回の確定申告)の控除額は変わりますか?
A. 変わりません。今回(2026年分、2027年3月申告)は現行制度のままで、55万円・65万円の区分も従来通りです。改正が適用されるのは令和9年分(2027年分、2028年申告)からです。
Q. 今、電子帳簿保存だけで65万円控除を受けています。何もしなくても大丈夫ですか?
A. 対応が必要です。改正後は複式簿記に加えてe-Tax送信が65万円控除の唯一の要件になるため、電子帳簿保存だけでは要件を満たせません。マイナンバーカードを用意し、確定申告書をe-Taxで送信する体制に切り替えてください。
Q. 75万円の新設ルート(特定電子計算機処理システム)は今から準備できますか?
A. 技術要件は既に条文化されています(電子帳簿保存法施行規則第5条第5項=令和7年財務省令第28号、租税特別措置法施行規則第9条の6=令和8年財務省令第21号。いずれも2027年1月1日施行)。「未確定」ではありません。ただし、要件の中にある「国税庁長官が定める基準」という委任先の告示原文は2026年9月時点で未確認です。対応システムを導入し、電子取引データを改ざん防止の形で保存する準備を今から始められます。届出書の提出も必要です。まずは65万円の要件(複式簿記+e-Tax)を満たすことを優先し、75万円はルート①(優良電子帳簿)とルート②(特定電子計算機処理システム)のどちらが自社の運用に合うか比較検討するとよいでしょう。
Q. 前々年の総収入が1,000万円を超えているかどうか、どこで確認すればよいですか?
A. 前々年分の確定申告書(青色申告決算書)の「収入金額」欄で確認できます。不動産所得と事業所得は別々に判定されるため、両方の所得がある場合はそれぞれの収入金額を確認してください。
出典
- 租税特別措置法 第25条の2(改正後・e-Gov法令API、
asof=2027-01-01) - 租税特別措置法施行規則 第9条の6(同上)
- 電子帳簿保存法施行規則 第5条(同上)
- 財務省「令和8年度税制改正の大綱」 https://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/outline/fy2026/08taikou_01.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.2072「青色申告特別控除」(現行制度) https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2072.htm
- 国税庁「簡易簿記による10万円の青色申告特別控除を適用している皆様へ」(令和8年4月) https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/shinkoku/kojin_jigyo/0026004-012.pdf
- 所得税基本通達26-9(建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定) https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/04/02.htm
まとめ
令和9年分(2027年分)から、青色申告特別控除は最大75万円に引き上がりますが、同時に3つの条件が厳しくなります。
- 55万円区分(複式簿記+書面申告)は事実上消滅し、e-Tax送信を追加しなければ控除額は10万円まで落ちる
- 65万円控除はe-Tax送信が唯一の要件になり、電子帳簿保存だけでは足りなくなる
- 前々年の総収入が1,000万円を超えると、簡易簿記のままでは10万円控除もゼロになりうる
いずれも、複式簿記の会計ソフトとマイナンバーカードによるe-Tax送信を整えておけば回避できます。2026年分の申告が終わったら、令和9年分に向けて準備を始めましょう。
複式簿記とe-Taxでの電子申告に対応したソフトを使えば、簿記知識がなくても65万円・75万円控除の要件を満たせます。
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