犯罪収益移転防止法2026|士業・不動産業の本人確認(eKYC)実務ガイド

本記事は法令・通達・官公庁資料に基づき編集部が作成・検証しています。個別の法的・税務判断ではありません。最新の法令はe-Gov法令検索でご確認ください。
犯罪収益移転防止法2026|士業・不動産業の本人確認(eKYC)実務ガイド
目次

免責事項: 本記事は2026年9月13日時点の法令・公表情報に基づく実務解説です。法令改正・施行日・罰則額・保存年数の最終確認は、e-Gov法令検索・警察庁JAFIC公表資料・各所管官庁の最新通達を必ずご参照ください。個別案件に関する法的判断は弁護士・司法書士等の専門家にご相談ください。


結論ボックス|誰が・何を・いつまでに

項目 内容
対象者 特定事業者(金融機関・宅建業者・貴金属商・ファイナンスリース業者・司法書士・行政書士・公認会計士・税理士・弁護士)
主な義務 取引時確認(本人確認)・確認記録と取引記録の作成・保存・疑わしい取引の届出
記録保存期間 確認記録・取引記録ともに7年間(起算点は下記4-2)
弁護士の扱い 取引時確認・記録の作成保存は犯収法が直接適用されず、日本弁護士連合会の会則で定める(犯収法第12条)
届出義務がない士業 弁護士と司法書士は疑わしい取引の届出義務を負わない(第8条1項・2項の除外構造。警察庁も明記)
eKYC 法令上認められている。ただし書類画像を送信する方式は令和9年(2027年)4月1日に廃止され、マイナンバーカード等のICチップ読取が原則になる
違反時の主な罰則 是正命令違反(第33条)=2年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金。取引時確認義務(第4条)そのものに直接罰則なし(間接罰方式)
届出先 業種ごとに異なる行政庁(第22条1項)。JAFICは届出を集約・分析する機関であり直接の届出先ではない

1. 犯収法とは——特定事業者が知るべき基本

犯罪収益移転防止法(平成19年法律第22号。以下「犯収法」)は、マネーロンダリング(資金洗浄。犯罪で得た金の出どころを分からなくする行為)とテロ資金供与を防止するため、特定事業者に対して本人確認・記録保存・届出の三大義務を課す法律です。

1-1. 犯収法の目的と主管官庁

犯収法は金融庁・国家公安委員会・法務省・財務省・経済産業省・国土交通省など複数官庁が共管しています。日常の執行・ガイダンスは警察庁のJAFIC(犯罪収益移転防止対策室。日本のFIU=資金情報機関)が中心的役割を担い、業種ごとの行政庁が特定事業者の監督を行います。

国際的にはFATF(Financial Action Task Force、金融活動作業部会)の勧告に基づく制度設計であり、FATFの相互審査(加盟国が互いの対策を点検する仕組み)が制度強化の背景にあります。

1-2. 2026年9月時点の制度状況

犯収法は平成23年・平成26年・令和4年6月・令和4年12月と段階的に改正されてきました。直近の改正は令和8年法律第34号(2026年6月10日公布)で、施行は2段階です。

段階 施行日 主な内容
第1弾 2026年7月10日 預貯金通帳の不正譲渡等に対する罰則の引上げ・送金バイト行為の罰則新設
全面施行 2027年6月9日まで(政令で定める日) 移転時の通知義務等の対象となる電子決済手段の追加 等

口座売買・送金バイトの罰則の詳細は口座売買・犯収法改正の罰則解説記事を参照してください。

本記事が扱う「特定事業者の取引時確認義務」については、細則を定める施行規則の改正が続いており、2027年4月1日に本人確認の方法そのものが大きく変わります(下記3-4・5-2)。なお施行規則は2026年8月6日にも改正(令和8年内閣府令等第6号)が公布・即日施行されており、条文を参照する際は必ず最新版を確認してください。


2. 特定事業者とは——対象業種と行政庁

犯収法第2条2項は、取引時確認義務を負う「特定事業者」を第1号から第49号まで列挙しています。主な業種と、犯収法上の行政庁(第22条1項。監督・是正命令・疑わしい取引の届出の受け手となる官庁)は以下の通りです。

2-1. 対象業種と行政庁の一覧

業種区分(号) 代表的な事業者 犯収法上の行政庁(第22条1項)
金融機関等(1〜37号) 銀行、信用金庫、証券会社、保険会社 内閣総理大臣(金融庁長官に委任)ほか業態別
両替業者(38号) 外貨両替を業として行う者 財務大臣
ファイナンスリース業者(39号) リース取引の提供者 経済産業大臣
クレジットカード業者(40号) カード発行・管理業務 経済産業大臣
宅地建物取引業者(42号) 不動産仲介・売買業者 免許をした国土交通大臣または都道府県知事
貴金属等取扱事業者(43号) 宝石・貴金属の売買 経済産業大臣。ただし古物商・質屋の業務は都道府県公安委員会(第22条4項)
電話転送サービス事業者(44号) 郵便物受取・電話転送の役務提供 総務大臣または経済産業大臣(役務の種類による)
弁護士・弁護士法人(45号) 法的サービス全般 該当する行政庁はない(第22条1項に号がない。下記2-2)
司法書士・司法書士法人(46号) 不動産登記、会社設立等 法務大臣
行政書士・行政書士法人(47号) 許認可申請・法人設立等 都道府県知事
公認会計士・監査法人(48号) 監査・財務諸表作成等 内閣総理大臣(金融庁長官に委任)
税理士・税理士法人(49号) 税務代理・税務書類の作成等 財務大臣

注意: 犯収法第2条第2項の士業規定(第45〜49号)が定める特定事業者は、弁護士・司法書士・行政書士・公認会計士・税理士の5種のみです。社会保険労務士(社労士)は犯収法の特定事業者に含まれません(別途士業関連法による対応が求められる場合はありますが、犯収法上の義務外)。

2-2. 弁護士だけは犯収法が直接適用されない

この点は見落とされやすく、根拠となる規定そのものが違います。

犯収法第4条第1項は、取引時確認義務の主体を次のように定めています。

特定事業者(第二条第二項第四十五号に掲げる特定事業者(第十二条において「弁護士等」という。)を除く。以下同じ。)は、顧客等との間で、別表の上欄に掲げる特定事業者の区分に応じそれぞれ同表の中欄に定める業務(以下「特定業務」という。)のうち同表の下欄に定める取引……を行うに際しては……確認を行わなければならない。

かっこ書きで弁護士(45号)を除いたうえ、「以下同じ」としているため、この定義は第6条(確認記録)・第7条(取引記録)・第8条(疑わしい取引の届出)にもそのまま及びます。実際、法律の別表には第45号の行がありません(第44号の次が第46号)。弁護士には犯収法上の「特定業務」が定義されていない、ということです。

代わりに第12条が置かれています。

弁護士等による取引時確認、確認記録の作成及び保存、取引記録等の作成及び保存並びにこれらを的確に行うための措置に相当する措置については、第二条第二項第四十六号に掲げる特定事業者の例に準じて日本弁護士連合会の会則で定めるところによる

つまり弁護士の本人確認は、政府の省令ではなく日弁連の会規に従います。国の行政庁による監督・是正命令の系統にも乗りません。実務上の内容は司法書士(46号)に準じますが、根拠と監督主体が違うため、条文を引いて社内規程を作る場合は参照先を間違えないようにしてください。

2-3. 士業が対象になる「特定業務」の範囲

士業が全ての業務で取引時確認を要するわけではありません。犯収法の別表は、司法書士・行政書士・公認会計士・税理士の特定業務を「特定受任行為の代理等」に係るものに限定しています。別表(第46号の項)の定義は次の3類型です。

類型 別表の文言
宅地又は建物の売買に関する行為又は手続
会社の設立又は合併に関する行為又は手続その他の政令で定める会社の組織、運営又は管理に関する行為又は手続
現金、預金、有価証券その他の財産の管理又は処分(①②に該当するものを除く)

これらについての「代理又は代行」が特定受任行為の代理等です。

実務ポイント: 条文は「売買」であり、贈与や交換は①に含まれません。また「代理又は代行」であって「補助」ではありません。税理士については、税務申告の代理そのものは①〜③のいずれにも当たらないため特定業務ではありません(税理士法第2条の業務のうち、特定受任行為の代理等に係るものだけが対象)。相談や一般的な書類作成のみの場合も対象外です。業種ごとの詳細は所管官庁のガイドラインを参照してください。


3. 取引時確認の実務

3-1. 確認すべき4項目

犯収法第4条に基づき、特定事業者は特定取引等を行うに際して以下4項目を確認しなければなりません。

確認項目 自然人(個人)の場合 法人の場合
① 氏名/名称 氏名 法人名(名称)
② 住居/所在地 住所 本店又は主たる事務所の所在地
③ 生年月日 生年月日 ―(法定確認項目ではない)
④ 取引目的・職業/事業内容 取引目的・職業 取引目的・事業内容

注記(法人の本人特定事項): 犯収法が法定する法人の「本人特定事項」は「名称」と「本店又は主たる事務所の所在地」の2項目のみです(第4条1項1号)。「設立年月日」は法定の本人特定事項ではなく、取引目的・事業内容と合わせて確認する付加的情報です。実務上は登記事項証明書で設立年月日を確認することが多いですが、法定義務の範囲と区別して理解してください。

法人の場合は、上記に加え実質的支配者の確認が必要です(後述3-3)。

3-2. 本人確認書類

本人確認書類は、犯収法施行規則第7条が定める書類を使用します。主なものは以下の通りです。

顔写真付き書類(1点で可):
– 運転免許証
– マイナンバーカード(個人番号カード)
– パスポート
– 在留カード
– 特別永住者証明書

顔写真なし書類(原則2点以上の組み合わせ、または補完確認が必要):
– 健康保険の資格確認書
– 介護保険の被保険者証
– 住民票の写し/住民票記載事項証明書
– 戸籍の附票の写し
– 印鑑登録証明書

注意: 顔写真なし書類のみで足りるかは取引形態・確認方法によって異なります。施行規則第6条が定める方法ごとに要求される書類が違うため、方法を先に決めてから書類を選んでください。2027年4月1日には書類のリストも変わります。印鑑登録証明書・戸籍の附票の写し・住民票の写し・住民票記載事項証明書のグループ(施行規則第7条1号ニ)に「又はこれらに類するもの(官公庁から発行され、又は発給された書類その他これに類するもので、氏名・住居・生年月日の記載があり、かつ偽造を防止するための措置が講じられたものに限る)」が加わり、対象が広がります。

3-3. 実質的支配者の確認

法人との取引では「実質的支配者(Beneficial Owner。法人を実際に支配している個人)」の確認が必要です。

施行規則第11条2項は、法人の区分に応じて4段階で判定します。上の段階に該当する者がいれば、下の段階には進みません。

段階 対象 判定基準
資本多数決法人(株式会社等) 議決権の総数の4分の1を超える議決権を直接・間接に保有する自然人
①に該当者がいない資本多数決法人 出資・融資・取引その他の関係を通じて事業活動に支配的な影響力を有する自然人
資本多数決法人以外の法人 収益または財産の総額の4分の1を超える配当・分配を受ける権利を有する自然人、または支配的な影響力を有する自然人
①〜③に該当者がいない法人 当該法人を代表し、その業務を執行する自然人

実務上の落とし穴: ①には除外規定があります。議決権の4分の1超を持っていても、他の自然人が議決権の2分の1を超えて保有している場合、および事業経営を実質的に支配する意思または能力を有していないことが明らかな場合は、実質的支配者に当たりません(施行規則第11条2項1号かっこ書き)。25%超の株主を機械的に全員列挙するのは誤りです。

確認方法: 犯収法上は「当該顧客等の代表者等から申告を受ける方法」が原則です(施行規則第11条1項)。補助的に実質的支配者リスト(商業登記所が保管し、登記官の認証文付きの写しを無料で交付する制度。令和4年1月31日運用開始)を利用できます。ただし利用できるのは株式会社(特例有限会社を含む)に限られます

3-4. eKYC(オンライン本人確認)の可否——2027年4月1日に大きく変わる

犯収法はeKYCを認めています。 ただし認められる方式は2027年4月1日に入れ替わります。 ここが本記事でもっとも実務に影響する箇所です。

現在(2026年9月時点)認められている主な非対面の方法(施行規則第6条1項1号):

概要 2027年4月1日以降
顧客に撮影させた容貌の画像+写真付き本人確認書類の画像の送信を受ける(いわゆる「ホ方式」) 廃止
容貌の画像の送信+写真付き本人確認書類のICチップ情報の送信を受ける 存続(新
本人確認書類の画像またはICチップ情報の送信+(1)他の特定事業者の確認結果の確認 or (2)顧客本人の既確認済み口座への振込と通帳写しの受領 画像による方法は廃止。ICチップ読取のみ存続(新
マイナンバーカードの署名用電子証明書による公的個人認証(電子署名) 存続(新
スマートフォン搭載のカード代替電磁的記録の送信+本人確認 存続(新

対面の確認方法も変わります。 現在は写真付き本人確認書類を提示させるだけで足りますが(現行イ)、2027年4月1日以降はICチップに記録された情報を読取装置で読み取り、映像面に表示させることが求められます(新イ)。券面の提示だけで済むのは、住民基本台帳法の適用を受けない者(外国人等)に限られます(新ヲ)。

注意(よくある誤解): 「既に本人確認済みの口座に少額を振り込んで同一性を確認する」という説明が流通していますが、条文は違います。現行ト方式(2)は、特定事業者が顧客本人の預貯金口座に振込を行い、その振込を特定するために必要な事項が記載された預貯金通帳の写し等の送付を受ける方法です。①単独では成立せず書類画像送信またはICチップ読取と併用が必要、②「少額」という要件は条文にない、③その口座が過去に本人確認済みであることが要件、という3点が条文上の姿です。そしてこの枝自体、2027年4月1日以降は画像送信との併用ができなくなります。

実務ポイント(不動産業者): 宅地建物の売買・賃貸取引にeKYCを導入する場合、国土交通省のガイドラインと犯収法施行規則の双方に準拠する必要があります。画像送信方式を前提にシステムを調達すると2027年4月1日で使えなくなるため、ICチップ読取(NFC)または公的個人認証に対応した構成を選んでください。


4. 疑わしい取引の届出・記録の作成保存

4-1. 疑わしい取引の届出義務——弁護士と司法書士は対象外

犯収法第8条は、取引において収受した財産が犯罪による収益である疑いがある場合等に、疑わしい取引の届出を義務付けています。ただし義務を負う者の範囲が士業ごとに違います。

特定事業者 届出義務 根拠
金融機関・宅建業者・貴金属商等(1〜44号) あり(特定業務に係る取引) 第8条1項
弁護士(45号) なし 第4条1項が「特定事業者」の定義から弁護士等を除外(「以下同じ」)
司法書士(46号) なし 第8条1項が46〜49号を除外し、第8条2項は47〜49号のみを対象とする
行政書士・公認会計士・税理士(47〜49号) あり(特定受任行為の代理等について) 第8条2項。ただし各士業法の守秘義務に係る事項を含む場合は除く

警察庁が公表している「犯罪収益移転防止法の概要」(2026年8月7日更新)も、特定事業者の義務の一覧で明記しています。

○ 疑わしい取引の届出(※弁護士・司法書士を除く。
※ 依頼者との関係に与える影響等について引き続き検討を行う必要があることから、その対象から除かれています。

届出義務がないことは、届出をしてよいという意味ではありません。 守秘義務との関係があるため、司法書士・弁護士が疑いを抱いた場合の対応は、各会(日本司法書士会連合会・日本弁護士連合会)の会規・指針に従ってください。

届出の主な判断基準(例示):
– 取引金額・方法が合理的な経済目的と不相応
– 本人確認に際して疑わしい言動・偽造書類の疑い
– 過去の届出案件と類似したパターン
– 顧客の本人確認情報が不明瞭・矛盾している

なお第8条3項は、この判断を「取引時確認の結果、当該取引等の態様その他の事情及び犯罪収益移転危険度調査書の内容を勘案し、かつ、主務省令で定める項目に従って」行うよう義務付けています。危険度調査書はJAFICが毎年公表しており、判断の前提として参照が求められます。

届出先: 業種ごとの行政庁です(上記2-1の表)。警察署や都道府県警察は直接の届出先ではありません。行政庁が受け付けた事項は、都道府県知事等を経由して主務大臣、さらに国家公安委員会へ通知されます(第8条5項・6項)。JAFICはそこで情報を集約・分析する機関です。

注意: 疑わしい取引の届出を行おうとすること、または行ったことを、当該届出に係る顧客等やその関係者に漏らすことは法律上禁止されています(犯収法第8条4項)。役員・使用人も同じです。

4-2. 取引記録の作成・保存

犯収法第6条・第7条に基づき、特定事業者は記録を作成し7年間保存する義務を負います。起算点が2つで違う点に注意してください。

記録の種類 根拠 保存期間 起算点(条文の文言)
確認記録(取引時確認の記録) 第6条2項 7年間 特定取引等に係る契約が終了した日その他の主務省令で定める日
取引記録等(取引内容の記録) 第7条3項 7年間 当該取引又は特定受任行為の代理等の行われた日

継続的な顧客関係がある場合、確認記録は契約終了日が起算点になるため、個別取引ごとではなく取引関係全体の管理が必要です。一方の取引記録は取引ごとに「行われた日」から数えます。

4-3. 記録保存期間と「時効」の考え方

よくある疑問: 「犯収法の時効は何年か?」

犯収法における「時効」は、刑事罰の公訴時効(起訴できる期間の上限)と行政処分の判断の2つに分けて考える必要があります。

① 刑事罰(犯収法違反)の公訴時効:

犯収法の罰則体系は「間接罰方式」のため、直接問われる刑事罰は是正命令違反(第33条)等が中心です。刑事訴訟法第250条2項は、法定刑の重さに応じて公訴時効を定めています。

法定刑の長期 公訴時効(刑訴法250条2項) 犯収法の該当条文
長期5年未満の拘禁刑または罰金 3年(6号) 第33条(2年)・第34条(1年)・第25条(3年)・第26条1項2項(3年)
長期10年未満の拘禁刑 5年(5号) 第26条3項(業として行った場合は5年)

なお刑法改正により「懲役」は「拘禁刑」に統一されています。

② 行政処分(是正命令・業務停止命令等):

犯収法自体に明示的な除斥期間の規定はなく、「相当の期間」の経過が処分の裁量判断に影響する程度と解されています。

③ 記録保存期間(7年)との関係:

記録保存義務の7年は、行政調査・犯罪捜査で取引記録を提出できる期間を確保するためのものです。7年を超えた時点で刑事責任が時効になるわけではなく、別途、刑事訴訟法上の時効計算が必要です。

実務上のポイント: 取引記録は法定7年を超えても、内部監査・トラブル対応の観点から10年程度の保存を実務上採用する事業者も多くあります。


5. 2026年の動向・最近の改正

5-1. 令和8年法律第34号(2026年6月公布・2段階施行)

2026年7月10日に施行された第1弾では、口座の不正売買・送金バイト行為の罰則引き上げ・新設が行われました。詳細は口座を売ると逮捕される?罰則3年・500万円の改正内容を参照してください。

同じ改正法には2027年6月9日までに施行される第2弾があります(移転時の通知義務等の対象となる電子決済手段の追加 等)。警察庁の「犯罪収益移転防止法の概要」は「令和9年6月9日までに全面施行予定」と記載しています。本記事が扱う「特定事業者の取引時確認義務」については、この法改正での直接的な義務拡大はありません。

5-2. 本人確認方法の抜本改正——2027年4月1日施行

施行規則の改正により、2027年4月1日から本人確認の方法そのものが組み替わります

改正省令 公布日 施行日 主な内容
令和7年内閣府令等第2号 2025年6月24日 同日施行 施行済み
令和7年内閣府令等第3号 2025年6月24日 2027年4月1日 本人確認方法の改正
令和8年内閣府令等第1号 2026年3月6日 2027年4月1日 本人確認方法の改正
令和8年内閣府令等第5号 2026年6月26日 2027年4月1日 不正利用口座に係る情報共有の努力義務(預貯金取扱事業者向け)
令和8年内閣府令等第6号 2026年8月6日 同日施行 施行済み

2027年4月1日時点の施行規則第6条の条文を現行と比較すると、変更点の核心は次の2つです。

  1. 顧客に本人確認書類を撮影させ、その画像の送信を受ける方法(現行ホ方式・ト方式の画像送信部分)が削除される。 代わりにICチップに記録された情報の送信・読取が要求されます。
  2. 対面での券面提示も、ICチップ情報を読取装置で読み取り映像面に表示させることが必要になる。 券面提示のみで足りるのは住民基本台帳法の適用を受けない者に限られます。

注意: 「2027年4月の改正でAIの照合精度基準やライブネス検知(写真のなりすましを見分ける仕組み)が要件化される」という説明が見られますが、2027年4月1日時点の施行規則にそのような文言はありません(「ライブネス」「人工知能」「精度」はいずれも条文中に存在しません)。改正の方向は精度基準の設定ではなく、画像照合そのものをやめてICチップ読取に一本化することです。備えるべき投資は照合アルゴリズムの改善ではなく、NFC読取に対応した端末・SDKの導入である点に注意してください。

2027年4月1日までに体制整備が必要な事業者は、2026〜2027年にかけての準備期間を活用してください。

5-3. 携帯電話不正利用防止法との関係

犯収法と並んで、携帯電話不正利用防止法(平成17年法律第31号。正式名称は「携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律」)が本人確認関連法として実務に影響します。同法は携帯電話の契約時の本人確認を義務付けており、eKYCの整備はこの分野でも進んでいます。犯収法とは別体系ですが、同一事業者がeKYCシステムを導入する際に両法への対応を一体的に設計するケースが増えています。

5-4. FATF相互審査(第5次)への対応

日本のFATF第5次相互審査は、金融庁の公表資料によればオンサイト審査(現地訪問による審査)が2028年8月頃の予定です。それに先立つ書面評価の具体的な時期については、政府の確定スケジュールとして公表された一次資料を確認できていません(民間の解説では2027年とされています)。特定事業者に対する監督・執行の強化が見込まれ、士業に対する取引時確認義務の実効的な執行が監督官庁にとっての重点課題となっています。

また、資金決済法・前払式支払手段の規制(前払式支払手段の届出と供託実務の解説記事も参照)と犯収法上の本人確認義務は、フィンテック事業者にとって一体的な対応が求められます。さらに暗号資産分野では、令和8年法律第64号(金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律。2026年7月23日公布)による金融商品取引法への移管に伴い、証券会社水準の本人確認・疑わしい取引の届出が求められる見込みです(暗号資産の金商法移管と実務対応)。


6. 違反時の罰則・行政処分

6-1. 刑事罰——「間接罰方式」の正確な理解

犯収法は「間接罰方式」を採用しています。 取引時確認義務(第4条)・記録作成保存義務(第6条・第7条)・疑わしい取引の届出義務(第8条)に違反しても、義務違反それ自体に直接の罰則はありません。罰則が科されるのは、行政庁の是正命令(第18条)に違反した場合です。

罰則の二段階構造:

義務違反(第4条・第6条・第7条・第8条)
    ↓
行政庁の是正命令(第18条)← 行政処分(罰則ではない)
    ↓
是正命令違反で初めて刑事罰(第33条)

犯収法の主な刑事罰規定:

条文 対象行為 罰則
第33条 第18条の是正命令違反 2年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金(併科可)
第34条 報告・資料提出の拒否、質問への不答弁、立入検査の拒否等 1年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金(併科可)
第25条 本人特定事項を隠蔽する目的での第4条6項違反(架空名義・借名口座等) 3年以下の拘禁刑または500万円以下の罰金(併科可)
第26条1項・2項 他人になりすまして預貯金通帳・キャッシュカード等を譲り受ける/正当な理由なく有償で譲り受ける/これらを譲り渡す 3年以下の拘禁刑または500万円以下の罰金(併科可)
第26条3項 業として第1項・第2項の行為をした場合 5年以下の拘禁刑または1000万円以下の罰金(併科可)
第26条4項 第1項・第2項の行為をするよう人を勧誘し、または広告等により誘引した場合 3年以下の拘禁刑または500万円以下の罰金(併科可)

重要: 犯収法には「過料」規定は存在しません(条文中に「過料」の語は1件もありません)。かつての解説で見られた「○○万円の過料」という記述は誤りです。また、義務違反の段階では直接の刑事罰はなく、あくまで是正命令違反に至って初めて第33条の刑事罰が問題となります。

第18条(是正命令)は行政処分規定であり、それ自体は罰則ではありません。 第33条の刑事罰は是正命令違反という独立した行為を構成要件としています。是正命令の対象となる違反は第4条1項・2項・4項、第6条、第7条、第8条1項〜4項、第9条〜第10条の5です(第18条)。

6-2. 行政処分

各業態の行政庁は、特定事業者に対して以下の行政処分を行う権限を持ちます。

処分の種類 内容
報告・資料提出の命令/立入検査 第15条・第16条
是正命令 違反を是正するため必要な措置を命令(第18条)
業態法に基づく処分 宅建業免許の取消し・業務停止、士業法に基づく懲戒等

犯収法自体が定める処分は報告徴収・立入検査・是正命令であり、免許取消しや業務停止は宅地建物取引業法・士業各法など業態ごとの法律に基づきます。FATF審査を背景に監督は強化傾向にあり、取引時確認の体制整備は単なる手続き問題でなく、業務継続上のリスク管理と位置付けることが重要です。


7. 実務チェックリスト

以下のチェックリストを用いて、現在の体制を確認してください。

チェックリストA:体制整備

  • [ ] 自社が特定事業者に該当するか、第2条2項の何号かまで特定している
  • [ ] 特定業務の範囲を別表・政令に基づいて特定している(士業は「特定受任行為の代理等」に限られる)
  • [ ] 弁護士事務所の場合、根拠を犯収法ではなく日弁連会規で整備している
  • [ ] 取引時確認の手順書(社内マニュアル)が整備されている
  • [ ] eKYCを導入している場合、使用する方式が施行規則第6条に列挙された方法に該当している
  • [ ] 画像送信方式を使っている場合、2027年4月1日までのICチップ読取への切替計画がある
  • [ ] 疑わしい取引の届出義務を負うかどうかを確認している(弁護士・司法書士は義務なし)
  • [ ] 届出義務がある場合、届出先の行政庁を特定し、届出フローが明文化されている

チェックリストB:個別取引の本人確認

  • [ ] 自然人:氏名・住所・生年月日・取引目的・職業を確認している
  • [ ] 法人:名称・所在地・事業内容・実質的支配者を確認している(設立年月日は法定項目ではない)
  • [ ] 実質的支配者の判定で、議決権2分の1超の他の自然人がいないかを確認している
  • [ ] 選択した確認方法に対応する本人確認書類を取得している
  • [ ] 書類のコピーまたは電磁的記録を保存している
  • [ ] 非対面取引の場合、施行規則第6条1項1号のどの方法に依拠しているかを記録している

チェックリストC:記録保存

  • [ ] 確認記録と取引記録を分けて管理している
  • [ ] 確認記録の起算点(契約終了日等)と取引記録の起算点(取引が行われた日)を区別している
  • [ ] 電子保存の場合、改ざん防止措置が取られている
  • [ ] 行政調査・警察捜査への提出を想定したアクセス管理ができている

チェックリストD:届出・更新

  • [ ] 疑わしい取引の届出を行った場合の記録が残っている
  • [ ] 届出の判断に犯罪収益移転危険度調査書を参照する運用がある
  • [ ] 届出の事実を顧客に漏らさない運用(役員・使用人を含む)が徹底されている
  • [ ] 顧客情報に変更があった場合の再確認手順がある
  • [ ] 所管官庁の通達・ガイドライン改訂を定期的にチェックする体制がある
  • [ ] 担当者の研修・教育を年1回以上実施している

8. FAQ

A

いいえ。犯収法の別表が定める「特定業務」に限られ、士業の場合は特定受任行為の代理等(①宅地建物の売買 ②会社の設立・合併等の組織・運営・管理 ③現金・預金・有価証券その他財産の管理・処分 についての代理または代行)に係るものだけが対象です。税理士の税務申告の代理は、この3類型のいずれにも当たらないため特定業務ではありません。 一般的な相談や書類作成のみで資産移転を伴わない業務も対象外です。弁護士については根拠が日弁連会規になるため、参照先が異なります(本文2-2)。

A

はい。ただし2027年4月1日に認められる方式が入れ替わります。 現在は「容貌の画像+写真付き本人確認書類の画像」を送信させる方式(ホ方式)が使えますが、この方式は2027年4月1日に廃止されます。同日以降はマイナンバーカード等のICチップ読取、または公的個人認証(署名用電子証明書)が中心になります。対面での券面提示も、同日以降はICチップの読取・表示が必要です。導入前に、施行規則の2027年4月1日時点の条文を確認することを強く推奨します。

A

記録の種類で起算点が違います。確認記録は「特定取引等に係る契約が終了した日その他の主務省令で定める日」から7年間(第6条2項)、取引記録等は「当該取引又は特定受任行為の代理等の行われた日」から7年間(第7条3項)です。継続的な顧客関係がある場合、確認記録は取引関係全体の終了日が起算点になるため、個別取引ごとの管理では足りません。

A

刑事訴訟法第250条2項が定める公訴時効が適用されます。犯収法は「間接罰方式」であるため、直接問題となるのは是正命令違反(第33条・2年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金)等です。法定刑の長期が5年未満の罪は3年、長期10年未満の罪は5年です。犯収法の罰則はほとんどが前者ですが、第26条3項(預貯金通帳等の譲受け等を業として行った場合。長期5年)は後者に当たり時効5年です。行政処分については、犯収法上に明示的な除斥期間の規定はありません。記録保存義務の7年は「時効」とは別概念です。具体的な状況については弁護士に相談してください。

A

逆です。届出を行おうとすること、または行ったことを顧客・その関係者に漏らすことは、犯収法第8条4項で禁止されています(告知禁止)。役員・使用人も対象です。届出を行った後も、通常通り業務を継続することが原則です。ただし、個別の事案によっては取引継続の可否を内部で判断する必要があります。

A

ありません。 第8条1項は第46号(司法書士)から第49号までを除外し、第8条2項は第47号(行政書士)から第49号(税理士)までだけを対象としています。その結果、司法書士はいずれの項にも含まれません。弁護士も、第4条1項が「特定事業者」の定義から弁護士等を除外し「以下同じ」としているため第8条の対象外です。警察庁の「犯罪収益移転防止法の概要」も「疑わしい取引の届出(※弁護士・司法書士を除く。)」と明記しています。ただし届出義務がないことは届出をしてよいことを意味しません。守秘義務との関係があるため、対応は所属会の会規・指針に従ってください。

A

いいえ。宅建業者として不動産売買を媒介・代理する場合、原則として売主・買主の双方について取引時確認を行う必要があります。また法人との取引では実質的支配者の確認も必要です。詳細は国土交通省が公表する宅建業者向けの犯罪収益移転防止に関するガイドラインを参照してください。

A

確認記録への添付資料として、書類の写しや電磁的記録が認められる場合があります(施行規則第19条1項2号。確認記録の作成方法を定める規定で、添付資料を「文書、電磁的記録又はマイクロフィルム」で添付する方法が示されています)。ただしどの確認方法を使ったかによって添付すべきものが決まっており、たとえばICチップ読取による方法ならチップに記録された情報、公的個人認証による方法なら「確認を行ったことを証するに足りる電磁的記録」が添付対象です。写しを保存すれば足りる、と一律に理解しないでください。電子保存の場合は改ざん防止・アクセスログ等の管理も必要です。


まとめ

犯収法が特定事業者に課す義務は大きく3つですが、誰にどこまで及ぶかは業種で違います。

  1. 取引時確認(本人確認): 自然人4項目・法人は名称と所在地+事業内容+実質的支配者。弁護士は犯収法ではなく日弁連会規による
  2. 記録の作成・保存: 確認記録・取引記録をともに7年間。起算点が2つで異なる
  3. 疑わしい取引の届出: 弁護士と司法書士は義務を負わない。 行政書士・公認会計士・税理士は特定受任行為の代理等について負う

2026年から2027年にかけての最大の変更は、本人確認の方法が画像送信からICチップ読取へ一本化されることです。2027年4月1日の施行に間に合わせる必要があるため、画像照合を前提にしたシステムを使っている事業者は、切替計画の有無が実務上の分かれ目になります。

最も重要なのは「今の要件で正しく対応しているか」を定期的に確認する習慣づけです。業種ごとの行政庁および警察庁JAFICの最新資料を年1回以上チェックし、担当者研修と社内マニュアルの更新を継続してください。


参考一次ソース

機関 資料 URL
e-Gov 犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号) https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000022
e-Gov 犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則 https://laws.e-gov.go.jp/law/420M60000F5A001
e-Gov 犯罪による収益の移転防止に関する法律施行令 https://laws.e-gov.go.jp/law/420CO0000000020
警察庁JAFIC 犯罪収益移転防止法の概要(2026年8月7日更新) https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/hourei/data/hougaiyou20260807.pdf
警察庁JAFIC JAFICトップページ(危険度調査書・年次報告書) https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/index.htm
法務省 実質的支配者リスト制度の創設(令和4年1月31日運用開始) https://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_00116.html
金融庁 犯収法施行規則の一部を改正する命令の公布等(2026年6月26日) https://www.fsa.go.jp/news/r7/sonota/20260626/20260626.html

条文の対応表

本記事の記述 根拠条文
特定事業者の列挙(士業は45〜49号) 犯収法第2条2項
取引時確認の4項目/弁護士等の除外 犯収法第4条1項
取引時確認に係る事項を偽る行為の禁止 犯収法第4条6項
確認記録の作成・7年保存 犯収法第6条
取引記録等の作成・7年保存 犯収法第7条
疑わしい取引の届出/46〜49号の除外/告知禁止 犯収法第8条1項・2項・4項
弁護士等の措置は日弁連会則による 犯収法第12条
是正命令 犯収法第18条
行政庁の区分 犯収法第22条1項・4項・5項
本人特定事項の隠蔽目的の違反 犯収法第25条
預貯金通帳等の不正譲受け等 犯収法第26条1〜4項
是正命令違反の罰則 犯収法第33条
報告拒否・検査拒否の罰則 犯収法第34条
士業の特定業務(特定受任行為の代理等) 犯収法別表(第4条関係)
本人特定事項の確認方法(eKYC含む) 犯収法施行規則第6条1項
本人確認書類 犯収法施行規則第7条
実質的支配者の判定 犯収法施行規則第11条1項・2項
確認記録の作成方法・添付資料 犯収法施行規則第19条1項
確認記録の記録事項 犯収法施行規則第20条1項
公訴時効 刑事訴訟法第250条2項

本記事は2026年7月28日に公開し、2026年9月13日に全面改訂しました。法令改正に応じて随時更新します。

JG

実務ガイド編集部

AI執筆 + 編集部レビュー済み

本記事はAIが初稿を作成し、編集部が法令原文・官公庁通知・審議会資料等の一次情報と照合のうえ、内容を確認・編集しています。行政手続き・法改正・制度改正の実務情報を専門に扱う編集チームが、企業実務担当者・士業専門家向けに正確性の高いコンテンツを提供します。