最終更新日: 2026-10-04
結論: 非上場株式の純資産価額方式は、すべての資産・負債を相続税評価額に洗い替えたうえで、含み益(評価差額)に対する法人税額等相当額を控除して算定する。控除割合は、令和8年(2026年)4月1日以後に相続・遺贈・贈与により取得した株式の評価では38%、それより前は37%である(国税庁 財産評価基本通達186-2。令和7年度税制改正で防衛特別法人税が創設されたことに伴う通達改正)。一方、特例事業承継税制は特例承継計画を2027年9月30日までに都道府県へ提出し、2027年12月31日までに贈与・相続を行えば、後継者の贈与税・相続税の全額が納税猶予の対象になる(国税庁 タックスアンサーNo.4148)。本記事は、純資産価額方式の計算実務と評価差額38%控除の落とし穴、3つのケース試算(小会社の純資産価額方式/中会社の併用方式/株式等保有特定会社+特例税制)、そして期限まで残り約15か月(2026年10月時点)の行動順序を、税理士への相談を前提に整理する。
関連記事(事業承継・相続のクラスター)
– 非上場株式の相続税評価 見直し議論2027年度改正|国税庁専門委員会の論点 — 3方式横断のハブ記事
– 類似業種比準方式 改定シナリオ2027|中小企業オーナーの株価はいくら変わるか試算 — 姉妹記事(類似業種比準方式の試算)
– 令和8年度税制改正|相続税・贈与税はどう変わる?資産課税の全改正点 — 大綱ベースの改正全体像
– 相続税2026年完全ガイド|基礎控除・税率・申告期限から計算フロー・特例まで — 相続税の総合ピラー
– 相続登記義務化2024年|3年以内の期限・過料・申請手順 — 不動産相続の手続き
1. サマリ:併用実務の3つの軸
純資産価額方式と事業承継税制の併用設計で押さえるべき軸は3つある。
第一に、会社規模区分によって、純資産価額方式をどの程度使うかが決まる点だ。財産評価基本通達178・179により、大会社は類似業種比準方式が原則で純資産価額方式は選択肢、中会社は類似業種比準価額と純資産価額をL(0.90/0.75/0.60)で加重平均(類似業種比準価額に代えて純資産価額を使うことも選択可)、小会社は純資産価額方式が原則でL=0.50の併用も選択可となる。さらに株式等保有特定会社・土地保有特定会社・開業後3年未満の会社などの「特定の評価会社」は、規模にかかわらず原則として純資産価額で評価される(財産評価基本通達189)。ただし株式等保有特定会社には「S1+S2方式」という選択肢もある(同189-3)。各類型の判定基準は特定の評価会社と株特ルール2026|6類型の判定フローで詳説している。
第二に、評価差額に対する法人税額等相当額の割合が37%から38%へ引き上げられた点だ。令和7年度税制改正で防衛特別法人税(令和8年4月1日以後に開始する事業年度から適用)が創設されたことに伴い、国税庁が財産評価基本通達186-2を改正したもので、令和8年4月1日以後に相続・遺贈・贈与により取得した株式の評価から適用される(国税庁「財産評価基本通達の一部改正について」の趣旨説明)。純資産価額方式の評価額をわずかに押し下げる方向に働くが、含み益が大きい会社では評価差額自体が大きいため、38%控除を当てにした節税は限定的である。
第三に、特例事業承継税制は2027年12月31日に適用期限を迎える点だ。一般措置と比べ、特例措置は対象株式数が全株式、納税猶予割合が贈与税・相続税ともに100%、雇用確保要件は弾力化(満たせなかった場合でも、理由等を記載した報告書を都道府県知事に提出して確認を受ければ猶予が継続)といった優遇がある(国税庁 タックスアンサーNo.4148)。特例承継計画は2027年9月30日までに都道府県知事に提出し、贈与・相続は2027年12月31日までに行う必要がある。これを過ぎると一般措置(対象株式は総株式数の3分の2まで、相続税の猶予割合80%)しか使えない。
本記事は、この3軸に沿って計算実務・落とし穴・行動順序を整理する。個別事案は必ず税理士・公認会計士に相談してほしい。本記事の数値は2026年10月時点の公表情報をもとにした試算であり、将来の改正・通達変更によって変わる可能性がある。
2. 純資産価額方式の計算実務
2-1. 計算式の全体像
財産評価基本通達185は、純資産価額方式による1株当たりの評価額を次のとおり定めている(国税庁 通達185)。
1株当たり純資産価額 = { 資産の相続税評価額 − 負債の金額 − 評価差額に対する法人税額等相当額 }÷ 発行済株式数
ここで、
- 相続税評価額による純資産価額 = 資産(相続税評価額)− 負債
- 評価差額 = 相続税評価額による純資産価額 − 帳簿価額による純資産価額
- 法人税額等相当額 = 評価差額 × 38%(令和8年4月1日以後に相続・遺贈・贈与により取得した株式の場合。それより前は37%)
評価差額がプラスの場合のみ控除し、マイナスの場合は控除しない。発行済株式数は自己株式を除いて計算する。
議決権割合が50%以下の場合は80%評価:株式の取得者とその同族関係者の議決権の合計が評価会社の議決権総数の50%以下である場合、上記で計算した1株当たりの純資産価額に100分の80を乗じた金額とする(通達185ただし書)。中会社・小会社の評価や特定の評価会社の評価で使われる純資産価額に適用される。
2-2. 資産・負債の評価替え(洗い替え)の具体手順
純資産価額方式の核心は、貸借対照表の帳簿価額を相続税評価額に置き換える作業だ。実務では直前期の決算書をもとに、各勘定科目ごとに次の調整を行う。
【資産側】
| 勘定科目 | 帳簿価額からの調整 |
|---|---|
| 現預金・売掛金・棚卸資産 | 原則として通達の定めにより評価(回収不能な債権などは個別に検討) |
| 有価証券(上場) | 課税時期の終値と、課税時期の月以前3か月の各月の終値平均のうち最も低い価額 |
| 有価証券(非上場) | 取引相場のない株式として改めて評価 |
| 土地 | 路線価方式または倍率方式で評価。借地権は借地権割合などで評価 |
| 建物 | 固定資産税評価額に通達別表1の倍率を乗じた額(通達89) |
| 課税時期前3年以内に取得・新築した土地等・家屋等 | 課税時期における通常の取引価額で評価(帳簿価額が通常の取引価額に相当すると認められる場合は帳簿価額でもよい。通達185) |
| 貸付用不動産 | 2027年1月1日以後の相続等から評価の適正化(課税時期前5年以内に対価を伴う取引で取得・新築した一定の貸付用不動産は通常の取引価額で評価し、取得価額を基に地価変動等を考慮した額の100分の80で評価することも可。財務省「令和8年度税制改正の大綱」。通達の公表後に要確認) |
| 生命保険契約に関する権利 | 解約返戻金相当額 |
| ゴルフ会員権 | 取引相場のあるものは課税時期の通常の取引価格の70%相当額など |
【負債側】
| 勘定科目 | 帳簿価額からの調整 |
|---|---|
| 買掛金・未払金・借入金 | 原則そのまま計上 |
| 未納の税額 | 課税時期の属する事業年度の法人税・消費税・事業税・住民税のうち、事業年度開始の日から課税時期までの期間に対応する未払いの金額や、課税時期以前に賦課期日のあった固定資産税の未払額は負債に含める(通達186(1)(2)) |
| 引当金・準備金 | 貸倒引当金・退職給与引当金・納税引当金その他の引当金・準備金は負債に含めない(通達186) |
| 死亡退職金 | 被相続人の死亡により相続人等に支給することが確定した退職手当金・功労金などは負債に含める(通達186(3)) |
評価替えで特に論点になるのが土地・建物である。取得時期が古い土地は帳簿価額を大きく上回って評価されることがあり、その差がそのまま「評価差額」になる。逆に、建物は固定資産税評価額が帳簿価額を下回ることもある。課税時期前3年以内に取得した不動産は路線価ではなく通常の取引価額で評価される点にも注意が必要だ。
2-3. 評価差額に対する法人税額等相当額
| 株式を取得した日(相続・遺贈・贈与) | 控除割合 | 根拠 |
|---|---|---|
| 2026年3月31日以前 | 37% | 改正前の通達186-2 |
| 2026年4月1日以後 | 38% | 通達186-2(令8課評2-28外による改正) |
38%は、法人税(地方法人税・防衛特別法人税を含む)、事業税(特別法人事業税を含む)、道府県民税・市町村民税の税率の合計に相当する割合として定められている(通達186-2)。国税庁の趣旨説明では、令和8年4月1日以後に開始する事業年度の税率合計を約37.73%と示したうえで38%としている。なお平成28年の改正(38%→37%)も、平成28年4月1日以後に相続・遺贈・贈与により取得した株式の評価から適用されていた。
注意点が2つある。
第一に、土地保有特定会社や開業後3年未満の会社などの特定の評価会社では、純資産価額がそのまま評価額になるため、含み益の影響が直接効く。
第二に、非上場株式の評価方法そのものについて国税庁で見直しの議論が行われており(国税庁 有識者会議)、将来ルールが変わる可能性がある。現行ルールでの試算を前提に長期の承継計画を固めすぎないことが大切だ。
2-4. 株式等保有特定会社・土地保有特定会社の判定
特定の評価会社の代表は次の2つだ(財産評価基本通達189)。
- 株式等保有特定会社:総資産(相続税評価額)に占める株式・出資・新株予約権付社債の価額の割合が50%以上の会社
- 土地保有特定会社:総資産(相続税評価額)に占める土地等の価額の割合が次の基準以上の会社
- 大会社(70%以上):大会社のほか、総資産(帳簿価額)が卸売業20億円以上、それ以外15億円以上の小会社を含む
- 中会社(90%以上):中会社のほか、総資産(帳簿価額)が卸売業7,000万円以上、小売・サービス業4,000万円以上、それ以外5,000万円以上の小会社(上の大会社扱いに当たらないもの)を含む
- これらの金額に満たない小会社は、土地保有特定会社の判定の対象外
特定の評価会社に該当すると、規模にかかわらず原則として純資産価額で評価されるため、類似業種比準方式による評価の引下げ効果がなくなる。なお株式等保有特定会社は、納税義務者の選択により「S1+S2方式」(株式等以外の部分を通常の方式に準じて評価し、株式等の部分を純資産価額で評価して合算する方法)で評価することもできる(通達189-3)。
また、課税時期前に合理的な理由もなく資産構成を変動させ、株式等保有特定会社・土地保有特定会社と判定されることを免れるためのものと認められるときは、その変動はなかったものとして判定する(通達189なお書き)。いわゆる「株特外し」「土特外し」は、この規定に照らして慎重に検討する必要がある。
3. 会社規模区分とL(併用割合)の選択判断
3-1. 規模区分の判定基準
会社規模は、従業員数、総資産価額(帳簿価額)、直前期末以前1年間の取引金額で判定する。業種は卸売業/小売・サービス業/それ以外の3区分で、基準が異なる(財産評価基本通達178)。
| 会社規模 | 評価方法 | L |
|---|---|---|
| 大会社 | 類似業種比準価額(純資産価額を選択可) | — |
| 中会社 | 類似業種比準価額×L+純資産価額×(1−L)(類似業種比準価額に代えて純資産価額を使うことも選択可) | 0.90/0.75/0.60 |
| 小会社 | 純資産価額(L=0.50の併用方式を選択可) | 0.50(選択時) |
判定基準(「卸売業、小売・サービス業以外」=製造業等の場合):
- 大会社:従業員70人以上、または次のいずれかに該当する会社 — 総資産15億円以上(従業員35人以下の会社を除く)/取引金額15億円以上
- 中会社:従業員70人未満で、総資産5,000万円以上(従業員5人以下の会社を除く)または取引金額8,000万円以上15億円未満のいずれかに該当する会社(大会社を除く)
- 小会社:従業員70人未満で、「総資産5,000万円未満または従業員5人以下」かつ「取引金額8,000万円未満」の会社
中会社のLは、①総資産と従業員数による割合と、②取引金額による割合のいずれか大きい方を使う(通達179(2))。製造業等の場合、取引金額が4億円以上15億円未満なら0.90、2億円以上4億円未満なら0.75、8,000万円以上2億円未満なら0.60となる。卸売業・小売・サービス業の基準は国税庁 財産評価基本通達178・179の表を参照してほしい。
3-2. どちらの方式が低くなるか
会計検査院の検査では、申告ベースで類似業種比準価額の中央値が純資産価額の中央値の27.2%にとどまっていた(会計検査院 令和5年度決算検査報告)。多くの会社で類似業種比準方式の方が低く評価される傾向にあるが、会社ごとに逆転することもある。
実務では両方式で必ず試算し、有利な方を選択する。中会社では、L併用の結果と、類似業種比準価額に代えて純資産価額を使った結果を比べて低い方を採用できる。
4. 3ケースで読む併用シミュレーション
以下は2026年10月時点の通達・税率に基づく試算例であり、数値はすべて仮置きである。実際の評価は個別事案ごとに税理士の判定が必要だ。3ケースとも、株主はオーナー1名(議決権100%)のため、通達185ただし書の80%評価は適用されない。
4-1. ケースA:小会社・純資産価額方式
前提(仮置き):
- 業種:地方の小売業(従業員5人以下・取引金額6,000万円未満のため小会社)
- 課税時期:2027年6月1日(仮定。贈与日または相続開始日)→ 38%控除
- 貸借対照表(帳簿価額):土地8,000万円、建物等7,500万円、現預金等3,000万円(資産合計1億8,500万円)/借入金1億5,000万円、未払金等500万円(負債合計1億5,500万円)→ 帳簿純資産3,000万円
- 相続税評価額:土地2億円(路線価評価。課税時期前3年以内の取得ではない)、建物等7,000万円(固定資産税評価額)、現預金等3,000万円
- 発行済株式数1万株
- 土地保有割合は2億円÷3億円≒66.7%で、中会社扱いの基準(90%)未満のため土地保有特定会社に当たらない
計算:
- 資産(相続税評価額)= 2億円 + 7,000万円 + 3,000万円 = 3億円
- 負債 = 1億5,500万円
- 相続税評価額による純資産価額 = 3億円 − 1億5,500万円 = 1億4,500万円
- 帳簿価額による純資産価額 = 3,000万円
- 評価差額 = 1億4,500万円 − 3,000万円 = 1億1,500万円(土地の含み益1億2,000万円 − 建物等の含み損500万円)
- 法人税額等相当額 = 1億1,500万円 × 38% = 4,370万円
- 純資産価額 = 1億4,500万円 − 4,370万円 = 1億130万円
- 1株当たり純資産価額 = 1億130万円 ÷ 1万株 = 10,130円
ポイント:評価差額の38%(4,370万円)が控除されても、1株当たり1万円を超える評価となった。小会社ではL=0.50の併用方式も選択できるため、類似業種比準価額も試算して低い方を採用する。
4-2. ケースB:中会社・L=0.90の併用方式
前提(仮置き):
- 業種:機械部品製造業(従業員25人・総資産10億円・取引金額5億円 → 中会社)
- L:総資産・従業員基準では0.75(総資産2億5,000万円以上で従業員20人超)、取引金額基準では0.90(4億円以上15億円未満)。いずれか大きい方を使うため L=0.90
- 課税時期:2027年6月1日(仮定)→ 38%控除
- 帳簿純資産:1億5,000万円
- 含み益:土地・建物5,000万円、有価証券2,000万円(いずれも課税時期前3年以内の取得ではない)
- 発行済株式数1万株、1株当たり資本金等の額500円
計算:
- 純資産価額
- 相続税評価額による純資産価額 = 1億5,000万円 + 7,000万円 = 2億2,000万円
- 評価差額 = 7,000万円
- 法人税額等相当額 = 7,000万円 × 38% = 2,660万円
- 純資産価額 = 2億2,000万円 − 2,660万円 = 1億9,340万円
-
1株当たり = 19,340円
-
類似業種比準価額(仮置き)
- 算式:A × {(Ⓑ/B + Ⓒ/C + Ⓓ/D) ÷ 3} × 斟酌率 × (1株当たり資本金等の額 ÷ 50円)
- A:類似業種の株価、Ⓑ・Ⓒ・Ⓓ:評価会社の1株当たり配当・利益・純資産、B・C・D:類似業種の平均値。斟酌率は大会社0.7・中会社0.6・小会社0.5(通達180)
- 本ケースでは A=400円、比準割合(括弧内)0.83 と仮定
-
400円 × 0.83 × 0.6 × (500円 ÷ 50円) = 1,992円
-
L=0.90の併用
- 1,992円 × 0.90 + 19,340円 × 0.10
- = 1,792.8円 + 1,934円 = 約3,727円
-
株式総評価額 = 約3,727円 × 1万株 = 約3,727万円
-
比較
- 併用方式:約3,727円 vs 類似業種比準価額に代えて純資産価額を使った場合:19,340円 → 併用方式を選択
ポイント:Lは会社規模の判定表とは別に、取引金額基準と比べて大きい方を使う。総資産・従業員だけで判定すると0.75になり、評価額を過大に見積もることになる。
4-3. ケースC:株式等保有特定会社+特例事業承継税制
前提(仮置き):
- 業種:都内サービス業
- 総資産(相続税評価額)の60%が国内の他社株式(外国会社等の株式は保有していない) → 株式等保有特定会社(通達189)。純資産価額で評価(S1+S2方式も選択可だが、本試算では純資産価額を採用)
- 事業承継税制の資産保有型会社(特定資産の割合が70%以上)には該当しないものとする
- 課税時期:2027年6月1日(仮定。先代経営者の相続開始日)→ 38%控除
- 株式の評価額:1株30,000円 × 1万株 = 3億円
- 法定相続人:配偶者と子1人(後継者の長男)の2人
- その他の相続財産:1億円(自宅・現預金)
- 遺産分割:長男が株式3億円、配偶者がその他の財産1億円を取得
- 相続税の基礎控除:3,000万円+600万円×2人 = 4,200万円
相続税の総額:
- 課税価格の合計 = 3億円 + 1億円 = 4億円
- 課税遺産総額 = 4億円 − 4,200万円 = 3億5,800万円
- 法定相続分(各1/2)で按分 = 各1億7,900万円
- 速算表(1億円超2億円以下:税率40%、控除額1,700万円)→ 1億7,900万円 × 40% − 1,700万円 = 5,460万円
- 相続税の総額 = 5,460万円 × 2 = 1億920万円
各人の税額(特例を使わない場合):
- 長男:1億920万円 × (3億円 ÷ 4億円) = 8,190万円
- 配偶者:1億920万円 × (1億円 ÷ 4億円) = 2,730万円 → 配偶者の課税価格1億円は、「1億6,000万円」と「課税価格の合計×配偶者の法定相続分(2億円)」のいずれか多い額(2億円)以下のため、配偶者の税額軽減により0円(相続税法19条の2)
特例事業承継税制を使った場合:
- 猶予される相続税額(納税猶予分の相続税額)は、特例対象株式等の価額を後継者の課税価格とみなして計算した後継者の相続税額である(租税特別措置法70条の7の6第2項第8号。会社が外国会社等の株式を持つ場合は、それがなかったものとして計算)。本ケースの長男は株式のみを取得しているため、8,190万円の全額が納税猶予の対象になる
- 相続時点の納付額は、長男・配偶者とも0円(担保提供などの手続は必要)
- 特例経営承継期間(5年)の要件を満たし、その後も猶予が継続したまま後継者が死亡した場合などには、猶予税額が免除される
ポイント:株式等保有特定会社は株式の割合が高いため、上場株式などの特定資産の割合が70%以上になると資産保有型会社に当たり、事業承継税制の認定や猶予の継続に影響する。承継前に資産構成を確認しておく必要がある。本試算は遺産分割の前提を単純化した例である。遺産分割の仕方や二次相続(配偶者の相続)を考慮すると数値は変わる。また、途中で猶予の打切事由に該当すれば、猶予税額と利子税を納付することになる(次節)。
5. 特例事業承継税制の打切リスクと継続要件
5-1. 特例措置の主要メリット(一般措置との比較)
| 項目 | 一般措置 | 特例措置(2027年12月31日まで) |
|---|---|---|
| 事前の計画策定 | 不要 | 特例承継計画を2027年9月30日までに提出 |
| 対象株式数 | 総株式数の最大3分の2まで | 全株式 |
| 納税猶予割合 | 贈与100%・相続80% | 贈与・相続とも100% |
| 承継パターン | 複数の株主から1人の後継者 | 複数の株主から最大3人の後継者 |
| 雇用確保要件 | 承継後5年間平均で雇用の8割を維持 | 弾力化(未達でも理由等の報告書を都道府県知事に提出し確認を受ける) |
| 事業の継続が困難な事由が生じた場合の免除 | なし | 譲渡対価の額等に基づき再計算した猶予税額を納付し、差額を免除 |
特例措置を使えば、純資産価額方式で評価額が高くなった場合でも、株式部分について相続・贈与時点の納税を猶予できる。
5-2. 適用までの実務タイムライン(2026年10月時点で期限まで残り約15か月)
ステップ1:特例承継計画の作成・提出(〜2027年9月30日)
- 認定経営革新等支援機関(税理士・金融機関等)の指導・助言を受けて「特例承継計画」を作成し、都道府県知事に提出
- 計画内容:会社概要、先代経営者・後継者の氏名、承継時期、承継後の経営計画など
ステップ2:贈与・相続(〜2027年12月31日)
- 贈与の場合:先代経営者から後継者へ株式を贈与
- 相続の場合:相続の開始(先代経営者の死亡)が2027年12月31日までである必要がある。時期を自ら決められるのは贈与である
ステップ3:都道府県知事の認定申請(経営承継円滑化法)
- 贈与の場合:贈与の日の属する年の翌年1月15日まで
- 相続の場合:相続の開始の日の翌日から8か月を経過する日まで
- (経営承継円滑化法施行規則7条。先代経営者・後継者の死亡などの場合は例外あり)
ステップ4:贈与税・相続税の申告(申告期限内)
- 贈与税:贈与の年の翌年2月1日から3月15日まで
- 相続税:相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内
- 猶予税額と利子税の額に見合う担保の提供が必要(特例対象の株式を担保にすることもできる)
ステップ5:継続要件の遵守
- 特例経営承継期間(5年):後継者が代表者であり続け、株式を保有し続けることなどが必要。毎年、都道府県知事へ年次報告書、税務署長へ継続届出書を提出
- 5年経過後:3年ごとに税務署長へ継続届出書を提出
5-3. 主な打切(猶予期限の確定)事由
| 打切事由 | 影響 |
|---|---|
| 特例経営承継期間内に後継者が代表者を退任(やむを得ない理由がある場合を除く) | 猶予税額+利子税を納付 |
| 後継者が特例対象の株式を譲渡・贈与 | 同上(納付額の範囲は譲渡の時期・割合により異なる) |
| 会社が解散 | 同上 |
| 資産保有型会社(総資産の帳簿価額に対する、特定資産の帳簿価額と過去5年以内に後継者等が受けた配当等の額の合計の割合が70%以上)に該当 | 同上 |
| 資産運用型会社(総収入金額に占める特定資産の運用収入の割合が75%以上)に該当 | 同上 |
| 継続届出書の未提出 | 同上 |
(資産保有型会社・資産運用型会社の定義は租税特別措置法70条の7第2項第8号・第9号)
特例措置の優遇:事業の継続が困難な事由(業績悪化など)が生じた場合に、株式の譲渡・会社の解散などを行ったときは、譲渡対価の額等に基づき猶予税額を再計算し、差額が免除される。一般措置にはない、特例措置固有の制度だ。
5-4. 猶予税額が免除される主な場合
- 先代経営者(贈与者)の死亡:贈与税の猶予税額が免除(株式は相続税の課税対象に切り替わり、要件を満たせば相続税の納税猶予に移行可能)
- 後継者の死亡:猶予税額が免除
- 特例経営承継期間の経過後に、次の後継者へ株式を贈与し、次の後継者が納税猶予の適用を受ける場合:猶予税額が免除
6. 純資産価額方式と特例税制の併用で注意すべき5つの落とし穴
6-1. 評価差額38%控除を当てにしすぎない
含み益が大きい不動産・有価証券保有会社では、評価差額が膨らみ、38%控除後でも純資産価額が高止まりする。評価方法そのものの見直しも議論されており、現行ルールで計算した評価額だけを前提に承継計画を組むのはリスクがある。
6-2. 株式等保有特定会社・土地保有特定会社の判定漏れ
事業承継準備で持株会社化を進めた結果、知らずに株式等保有特定会社に該当してしまうケースがある。特定の評価会社の判定は課税時期の資産構成で行われるため、贈与直前の資産構成に注意が必要だ。一方で、判定を免れるための合理的な理由のない資産構成の変動は認められない(通達189なお書き)。
6-3. 特例承継計画の提出忘れ
2027年9月30日までに計画を提出していない場合、その後に贈与・相続を行っても特例措置は使えない。一般措置(対象株式は3分の2まで、相続税の猶予割合80%)に戻る。
6-4. 雇用確保要件は「弾力化」だが報告は必要
特例措置では、雇用の平均8割を維持できなかった場合でも、その理由等を記載した報告書を都道府県知事に提出し、確認を受ければ猶予は継続する。逆に言えば、報告書の提出と確認は省略できない。年次報告書・継続届出書の管理体制を承継時点で構築しておく必要がある。
6-5. 事業継続が困難な場合の免除は申請が必要
事業の継続が困難な事由が生じた場合の免除は自動では適用されない。相続税の納税猶予では、譲渡・解散などに該当することとなった日から2か月を経過する日までに、免除の申請書を税務署長に提出する必要がある(租税特別措置法70条の7の6第13項。贈与税の納税猶予にも同様の規定がある)。「事業の継続が困難な事由」は政令(租税特別措置法施行令40条の8の6第29項など)で定められており、たとえば直前事業年度とその直前の3事業年度のうち2以上で赤字であることなどが該当する。業績悪化を示す決算書などの証拠書類を漏れなく準備しておく。
7. FAQ
A. 株式の贈与と個人保証は法的に別の問題だ。経営者保証は金融機関との保証契約に基づくため、株式の所有者が変わっても自動的には解除されない。「経営者保証に関するガイドライン」と、事業承継時に焦点を当てた同ガイドラインの特則(経営者保証に関するガイドライン研究会・令和元年12月)に沿って、金融機関と保証の扱いを協議するのが実務上の標準ルートとなる。特則は、前経営者と後継者の双方から二重に保証を求めること(二重徴求)を原則として行わないとしている。承継計画の段階で主要取引金融機関と保証の取扱いを確認しておくべきだ。
A. 原則は打切事由に当たり、猶予税額と利子税を納付することになる。ただし特例措置には、事業の継続が困難な事由が生じた場合の免除制度がある。たとえば直前事業年度とその直前の3事業年度のうち2以上の事業年度で赤字である、または平均総収入金額(売上)が前事業年度を下回るなどの要件に該当し、株式の譲渡・会社の解散などを行った場合は、譲渡対価の額等に基づき猶予税額を再計算し、差額が免除される。個別事案で適用要件が異なるため、譲渡を検討する段階で税理士・M&Aアドバイザーと協議してほしい。
A. 令和7年度税制改正で防衛特別法人税が創設され、令和8年4月1日以後に開始する事業年度から適用されることになったためだ。38%は法人税・事業税・住民税などの税率の合計に相当する割合として定められており、国税庁はこれに合わせて財産評価基本通達186-2を改正した(令8課評2-28外)。令和8年4月1日以後に相続・遺贈・贈与により取得した株式の評価から38%が適用され、それより前に取得した株式の評価には37%が適用される(国税庁 趣旨説明)。控除割合が上がれば純資産価額はわずかに下がるが、含み益が小さい会社では影響は小さい。
A. 特例承継計画の提出自体に課税やペナルティはない。提出後に贈与・相続を行わなければ、特例措置が適用されないだけである。一方、計画を提出していなければ2027年10月以降は特例措置を使う道が閉じるため、承継の可能性があるなら期限内に提出しておく判断が合理的なケースが多い。
A. 会社規模区分に応じた評価方法は通達で定められており、中会社であれば併用方式と、類似業種比準価額に代えて純資産価額を使う方法のいずれかを納税者が選択できる(財産評価基本通達179)。しかし、会社規模区分の判定やLの判定の誤り、特定の評価会社(株式等保有特定会社など)への該当、比準要素Ⓑ・Ⓒ・Ⓓの計算誤りなどがあれば、税務調査で評価額が修正される可能性がある。申告前に税理士による二重チェックを推奨する。
8. まとめと次に取るべき行動
純資産価額方式と特例事業承継税制の併用は、「現行通達で評価額を把握する→特例で猶予する→継続要件を守る→免除につなげる」という多段階の意思決定だ。2026年10月時点で期限まで残り約15か月。次の順序で動くのが現実的だ。
- 直前期の決算書をもとに、両方式(純資産価額・類似業種比準価額)で評価額を試算(税理士に依頼。38%控除、3年以内取得不動産、80%評価の要否を反映)
- 株式等保有特定会社・土地保有特定会社の判定
- 特例承継計画のドラフト作成(認定経営革新等支援機関の指導・助言を受ける)
- 2027年9月30日までに都道府県へ提出
- 2027年12月31日までに贈与(または相続)
- 認定申請・申告と継続要件の管理体制構築(贈与なら翌年1月15日までの認定申請、年次報告書・継続届出書のスケジュール管理)
並行して、非上場株式の評価ルール見直し議論と類似業種比準方式の改定シナリオも追ってほしい。評価ルール自体が見直されれば、本記事の試算前提が変わる可能性がある。最終判断は必ず税理士・公認会計士に相談のうえ行ってほしい。
引用一次ソース
- 国税庁 財産評価基本通達185〜186-3(純資産価額)
- 国税庁 財産評価基本通達178・179(取引相場のない株式の評価上の区分・評価の原則)
- 国税庁 財産評価基本通達189〜189-4(特定の評価会社の株式)
- 国税庁「財産評価基本通達の一部改正について」(法令解釈通達)の趣旨について(令和8年)
- 国税庁 タックスアンサーNo.4148 法人版事業承継税制(特例措置)の概要
- e-Gov 租税特別措置法(70条の7〜70条の7の8)
- e-Gov 中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律施行規則
- 中小企業庁 経営承継円滑化法 認定申請書等様式
- 財務省 令和8年度税制改正の大綱
- 会計検査院 令和5年度決算検査報告 取引相場のない株式の評価
- 全国銀行協会 事業承継時に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則



