最終更新日: 2026-10-08(会議の経緯は第6回・2026年9月16日までを反映)
結論: 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」(座長:佐藤英明・慶應義塾大学大学院法務研究科教授)は2026年8月20日の第5回会合で、事務局から「これまでの議論を踏まえた、国税庁の考える評価の見直しの方向性」と題するたたき台を示した。内容は、規模別の区分を廃止して広範な企業を共通の評価方式で評価し、類似業種比準方式については「存置することは困難ではないか」としたうえで、インカムアプローチ(残余利益方式)を評価の主軸に据えるという、方式そのものを入れ替える案だ。2026年9月16日の第6回では、国税庁が申告データ1,378社を使い、「加算期間5年・還元率8%」という仮置きの前提で残余利益方式の評価額を試算した。中央値では、大会社は現行の申告評価額より高く、小会社は低くなる結果で、全体では斟酌率(評価額を割り引く係数)の水準により上下する(第3章3-4)。ただし、これらはすべて議論中の案であり、決まった制度ではない。座長は第4回会合(2026年7月3日)で「現時点で評価方式を一本化するであるとか、類似業種方式を廃止するといった合意はない」と述べており、第5回の骨子にも「最終的には税制改正プロセスにおいて決定いただく」との記載がある。日本商工会議所は、第5回・第6回の意見書で「評価額が現行方式の2倍から5倍近く」に達する事例があると主張している(同会議所が一定の仮定の下で行った試算で、国税庁の試算ではない)。一方、特例事業承継税制は2027年12月31日で適用期限を迎え(特例承継計画の提出は2027年9月30日まで)、この期限は延長しない方針がすでに示されている。本記事では、たたき台の中身、第6回の試算、現行ルールでの試算、事業承継税制との関係を整理する。会議の経緯の全体像は非上場株式の相続税評価 見直し2027|国税庁 有識者会議(第1〜6回)の経緯・たたき台・未定事項にまとめている。
※本記事は一般的な制度解説を目的としています。個別の相続税・贈与税評価や事業承継の実行判断は、必ず顧問税理士・認定経営革新等支援機関にご相談ください。
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【早わかり表】いま決まっていること/案として出ていること/決まっていないこと
| いま決まっていること | 案として示されたこと(たたき台:2026年8月20日、各論:9月16日) | まだ決まっていないこと |
|---|---|---|
| 会計検査院の指摘(2024年11月)を受けて有識者会議が2026年4月に発足し、第6回(2026年9月16日)まで開かれた | 規模別の区分を廃止し、単一の評価方式にする | 評価方式を一本化するかどうか(座長「合意はない」) |
| 特例事業承継税制の期限は2027年12月31日、計画提出は2027年9月30日 | 類似業種比準方式は「存置することは困難ではないか」 | 類似業種比準方式を廃止するかどうか |
| 現行の評価ルール(財産評価基本通達)は変わっていない | インカムアプローチ(残余利益方式・簿価純資産ベース)を主軸に。第6回で加算期間は「5年程度」との提案 | 還元率の水準(第6回の試算は8%の仮置き)、斟酌率の水準 |
| — | 純資産価額方式は「特定の評価会社の株式の評価方式」へ | 事業承継税制の恒久化・拡充との関係 |
| — | 配当還元方式は適用範囲を見直したうえで存置 | 施行時期(税制改正プロセスを経る) |
1. いまどこまで進んだのか
1-1. 有識者会議は第6回まで開かれている
国税庁は2026年4月16日、「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」の発足を公表した。座長は佐藤英明・慶應義塾大学大学院法務研究科教授、委員13名で、オブザーバーとして中小企業庁・全国商工会連合会が参加している。会合はこれまでに6回開かれた。各回の議論の詳細は非上場株式の相続税評価 見直し2027|国税庁 有識者会議(第1〜6回)の経緯・たたき台・未定事項に譲り、本記事は類似業種比準方式と株価への影響に絞る。
| 回 | 開催日 | 公表状況 |
|---|---|---|
| 第1回 | 2026年4月20日 | 議事要旨・資料 公表済み |
| 第2回 | 2026年5月11日 | 議事要旨・資料 公表済み |
| 第3回 | 2026年6月4日 | 議事要旨・資料 公表済み |
| 第4回 | 2026年7月3日 | 議事要旨・資料・委員提出意見書 公表済み |
| 第5回 | 2026年8月20日 | 議事要旨・資料・委員提出意見書 公表済み |
| 第6回 | 2026年9月16日 | 資料・委員提出意見書 公表済み(議事要旨は2026年10月8日時点で国税庁の一覧ページに「作成中」と表示) |
第4回までは委員間の論点整理が中心だったが、第5回で初めて事務局(国税庁)から具体的な「たたき台」が示された。何が示されたかは第2章で、第6回で加わった各論と試算は第3章3-4で整理する。2026年10月8日時点で、第7回の開催は国税庁の一覧ページに掲載されていない。
1-2. なぜ見直しが始まったのか(会計検査院の指摘)
議論の出発点は、会計検査院が2024年11月に公表した「令和5年度決算検査報告」第4章第4節にある。同報告は、令和2・3年分の相続税・贈与税申告1,600件(評価会社は延べ1,785社)を抽出調査し、次のように指摘した。
「類似業種比準価額の中央値は11,622円、純資産価額の中央値は42,648円となっており、類似業種比準価額の中央値が純資産価額の中央値の27.2%となっていた。」
さらに同報告は、規模区分別に、申告評価額(相続税評価額)が純資産価額に対してどの程度の割合になっているかも分析している。
「前記の延べ612社について、純資産価額に対する申告評価額の割合の分布状況をみたところ、図表8のとおり、その中央値は、大会社0.32倍、中会社0.50倍、小会社0.61倍となっており、申告評価額は、評価会社の規模が大きい区分ほど純資産価額に比べて低くなる状況となっていた。」
| 規模区分 | 純資産価額に対する申告評価額の割合の中央値 |
|---|---|
| 大会社 | 0.32倍 |
| 中会社 | 0.50倍 |
| 小会社 | 0.61倍 |
(母数は延べ612社)
さらに、類似業種比準方式または併用方式が選択されていた延べ590社について、3要素(配当・利益・純資産)の各比準割合の中央値をみると、
「配当金額の比準割合は0、利益金額の比準割合は0.30、純資産価額(簿価)の比準割合は2.29となっていた。…延べ469社(延べ590社の79.4%)の比準割合が0となっていた。」
配当をめぐる状況について、同報告は次のように総括している。
「配当金額を計上していなかった評価会社が約80%を占めている状況、配当金額を計上していた評価会社においても類似業種と比べて配当金額の低い評価会社が60%超となっている状況、及び、近年では、類似業種と評価会社の配当金額の動向が異なることにより、評価会社の配当金額の動向にかかわらず比準割合が減少している状況に鑑みると、類似業種比準価額の計算式は評価会社の業績等の実態を踏まえて株式を評価する方法として適切に機能していないおそれがある。」
国税庁は会議の開催趣旨で、会計検査院の指摘を次のように要約している。
「各評価方式の間で評価額にかい離が生じており、類似業種比準価額を適用する割合が高い規模の大きな会社ほど、株式の評価額が相対的に低く算定されること、また、配当還元方式の還元率が、近年の金利の水準と比べて相対的に高い率となっているおそれがあること等から、評価制度の在り方について、『異なる規模の会社間での公平性や社会経済の変化を考慮し、より適切なものとなるよう検討を行っていくことが肝要』との指摘を受けた」
つまり指摘は2本柱で構成されている。①規模の大きな会社ほど類似業種比準価額が相対的に低く算定されること、②配当還元方式の還元率が近年の金利水準に比べて相対的に高いおそれがあること、の2点だ。②の還元率の論点は見落とされがちだが、後述のとおりたたき台にも反映されている。
2. 国税庁が示した「たたき台」の中身
第5回会合(2026年8月20日)で事務局が示した資料の見出しは「これまでの議論を踏まえた、国税庁の考える評価の見直しの方向性」。以下、資料の逐語を引用しながら整理する。
2-1. 規模区分を廃止し、単一の評価方式へ
資料はまず、評価体系そのものについて次のように問いかけている。
「規模別の区分を廃止し、広範の企業を共通の評価方式で評価することが考えられるか?」
現行制度は、大会社・中会社・小会社という規模区分ごとに評価方式(または併用比率)を変えている。たたき台はこの規模区分自体を廃止し、単一の評価方式にそろえる方向を示した。
純資産の見方についても、次の問いかけがある。
「清算を前提とした”時価”ではなく、継続を前提として”簿価”を用いるべきではないか?」
2-2. 「類似業種比準方式を存置することは困難ではないか」
類似業種比準方式そのものについては、資料は次のように問題提起している。
「類似業種比準方式は理論的な根拠や実証的な裏付けがなく、他分野における企業価値評価では用いられない。また、上場企業の縮尺モデルを小会社に適用することが妥当といえるのか」
そのうえで、
「類似業種比準方式を存置することは困難ではないか?」
という方向性が示された。あわせて、実務・学術研究の進展を踏まえ「インカムアプローチによる評価を主軸とすべきではないか?」という問いかけもなされている。
2-3. 残余利益方式(簿価純資産ベース)とは
インカムアプローチの選択肢としては、ⓐ配当還元方式、ⓑDCF法、ⓒ残余利益方式の3つが比較検討され、資料では残余利益方式を「仮に」採用した場合のイメージが提示された。骨格は次のとおりだ。
「残余利益方式による評価額 = ① 企業の保有資産(”簿価”純資産(≠時価))± ② 企業の収益獲得能力(数年分の超過収益(マイナスの場合を含む))」
超過収益を何年分計上するかについては、第5回の資料に「※ 有識者からは5年分が良いのではないかという意見があった」との記載があった。第6回の資料では、事務局が「加算する期間は『5年程度』としてはどうか」と提案し、将来の予測利益は課税時期前5年の法人の正常利益から算出するとしている。6年目以降の残余利益(ターミナルバリュー)は、過小評価の可能性はあるが安全性を考慮して「加算しないこととしてはどうか」とされた。いずれも「してはどうか」という提案であり、確定ではない。
必要な資料についても言及があり、
「株価の計算に必要なものは、①直前期末の貸借対照表と②過去数年分の損益計算書等のみ」「複雑な業種目判定や1株当たり資本金の調整等が不要」
とされている。現行の類似業種比準方式が必要とする業種目の判定作業(第4章で説明する)が不要になるという整理だ。
超過収益を割り引く「還元率」については、
「『還元率』 は、例えば”上場株式の平均期待収益率”等を参考にCAPM(資本資産価格モデル)により算定してはどうか」
とされ、赤字・低収益企業の扱いについては、
「期待収益率以下 又は 赤字の会社=簿価純資産価額以下の株式評価額」
という方向が示された。収益力が期待収益率を下回る会社、または赤字の会社は、評価額が簿価純資産価額を上回らない設計になる。
2-4. 純資産価額方式・配当還元方式の位置づけ
残余利益方式が主軸になった場合、現行の純資産価額方式は次のように位置づけ直される。
「原則的評価方式ではなく、『特定の評価会社の株式の評価方式』として位置付けることとしてはどうか?」
あわせて、今後の検討事項として「法人税額等相当額の控除をどのように整理すべきか?」が挙げられている(現行は38%。第4章で説明する)。
配当還元方式については、廃止ではなく存置の方向が示されている。
「特例的評価方式の趣旨を逸脱した濫用があることを踏まえ、特別の例外措置として適用の範囲等を見直した上で存置することとしてはどうか?」
検討事項としては「額面制度が廃止されていることを踏まえ、最低配当2.5円とする計算方法をどのように見直すべきか?」が挙げられている。
2-5. 租税回避スキームへの対応4類型
資料の後半では、現行制度を利用した評価額圧縮スキームが4類型に整理され、それぞれに見直しの方向性が示されている。
| 類型 | 現行として挙げられている手法 | 見直しの方向性 |
|---|---|---|
| ① 会社規模等の操作 | 大会社ほど相対的に低い評価額になることを利用し、意図的に会社規模を操作 | 「規模に関わらず単一の評価方式とすることで対応できないか?」 |
| ② 利益等の恣意的な操作 | オペレーティング・リース・役員報酬・役員退職金等により、利益等を一時的に操作することで評価額を圧縮するスキーム | 「評価は企業の正常利益により行い、非経常的な損益を除外して評価することにより、評価額の恣意性を排除することができないか?」(第6回では、オペレーティングリースは「なかったものとした状態」に引き直す案、一時的な役員退職金等は正常利益の計算で損金から控除する案が示された) |
| ③ グループ法人税制の活用 | 完全支配関係法人間で親会社の利益・資産を子会社へ移転 | 「完全支配関係にあるグループ法人はグループ全体として評価を行うことで、評価額の操作性を排除することとしてはどうか?」 |
| ④ 株主構成等の操作 | 配当還元方式のみを適用させる/従業員持株会等の固定価格株式の活用 | 「適用する株主の範囲について整理、あわせて、固定価格株式の取扱いも見直してはどうか」 |
④については、資料に「株主構成の操作では、企業価値の総額から最大で約98%もの評価額圧縮を行う事例も存在」との記載がある。
②の「役員退職金」「持株会社化(グループ法人税制)」「業績調整」は、いずれも第6章で説明する既存の対策手法と重なる。国税庁がこれらを名指しで問題視している以上、見直しが実現すれば効果が失われる可能性がある点は、対策を検討するオーナーにとって重要な情報だ。
2-6. ただし「合意」ではない
たたき台という言葉が示すとおり、これは事務局の提案にとどまり、委員間の合意事項ではない。第4回会合(2026年7月3日)の議事要旨には、座長の次の発言が記録されている。
「現時点で評価方式を一本化するであるとか、類似業種方式を廃止するといった合意はない。意見は多様であるという前提で、議論を進めるためにはたたき台が必要なので、たたき台を事務局に示してもらおうという認識」
事務局側も同じ会合で次のように述べている。
「我々が担当する行政当局としてたたき台を出すに当たって、委員全員において何か認識が共有されているとかそういったことはない。…当然、それも委員の全員のご了解をいただいているものではない」
座長はまた、今後の論点として次のように述べている。
「特に本有識者会議における大きな問題事項として、評価方法の見直しと事業承継税制の恒久化・拡充の関係性について、当事者となる事業経営者の方々が不安に感じるのは当然のことであり、委員の中にも、事業承継への配慮は必要ないというお考えの方はいないものと理解している」
スケジュールについて、事務局は次のように回答している。
「いずれにしても、今回の見直しは税制改正プロセスを経て行うことになることから、今秋を目途に一定の方向性をお示しできるよう進めてまいりたい」
第5回の骨子(評価の見直し)にも、見直し内容のほか評価水準・税負担の在り方等も含め、最終的には税制改正プロセスにおいて決定いただく、との趣旨の記載がある。第6回の資料も各論を「してはどうか」という提案の形で示しており、第6回の議事要旨は2026年10月8日時点で「作成中」のため、委員間の合意状況は公表資料から確認できない。
つまり、①方式の一本化・類似業種比準方式の廃止は「合意ではない」段階、②事業承継税制の扱いも大きな論点として残っている、③今後の見通しは「今秋を目途」という表現にとどまっている、という3点が現状だ。「国税庁が廃止を決めた」と読める報道や解説を見かけても、鵜呑みにしないほうがよい。
3. 影響はどれくらいか
3-1. 日本商工会議所の試算「現行方式の2倍から5倍近く」
第5回会合には、委員提出意見書として日本商工会議所(特別顧問・税制委員長 阿部貴明/税制専門委員会学識委員 玉越賢治)の意見書(2026年8月20日付)が提出されている。逐語は次のとおりだ。
「今回、国税庁がたたき台として示す残余利益方式は、地域を支える中核的な中小企業の評価額が大幅に上昇する可能性がある。商工会議所が一定の仮定の下で行った試算では、評価額が現行方式の2倍から5倍近くに達し、相続税負担が数千万円から数億円規模で増加する事例も確認されている。さらに、長期的に見れば、毎年の利益が純資産に累積的に加算されるため、新方式では、当然、事業の継続とともに、相続税評価額も上昇していくことになる。これは、中小企業における事業承継のハードルを永続的に上げていくことを意味する。」
この「2倍から5倍近く」という数字は、日本商工会議所が一定の仮定の下で行った試算であり、国税庁自身が示した試算ではない点に注意が必要だ。第6回の意見書によると、日商は収益性の加減算5年分・還元率8%・斟酌率0.7という仮定を置き、統計調査と実在企業の情報から作った仮想企業2万社などを使って試算している。第6回の意見書では「個社によっては、評価額の上昇幅は2~5倍になり」と、個社の事例として書かれている。国税庁が同じ会議で公表した試算(第3章3-4)は中央値であり、水準が異なる。国税庁のたたき台は残余利益方式の骨格(簿価純資産+数年分の超過収益)を示しているものの、還元率の水準や斟酌率の水準は確定していない。
3-2. いま現行ルールで計算するといくらか
たたき台の影響をイメージする前に、まず現行ルールで実際にいくらになるかを、モデル企業を使って試算する。
モデル企業の前提
– 業種:金属製品製造業
– 売上高10億円、経常利益5,000万円、税引後利益3,500万円
– 純資産(簿価)8億円、発行済株式数1万株(資本金1,000万円、1株1,000円)
– 配当:年間500万円
– 従業員50人
規模区分の判定(財産評価基本通達178・179)
- 従業員50人<70人、総資産8億円<15億円、取引金額10億円<15億円 → 大会社に該当しない
- 総資産8億円は5,000万円以上、取引金額10億円は8,000万円以上15億円未満 → 中会社に該当
- L(中会社の併用割合)は、イ(総資産・従業員数の基準:総資産8億円・従業員50人 → 5億円以上/従業員35人超に該当)=0.90、ロ(取引金額の基準:取引金額10億円 → 4億円以上15億円未満に該当)=0.90。イとロの「いずれか大きい方」を採るため、L=0.90
1株当たりの金額(50円換算。1株当たり資本金等の額1,000円 ÷ 50円 = 20倍で割り戻す)
- 配当ⓑ = 500万円 ÷ 1万株 ÷ 20 = 25円
- 利益ⓒ = 3,500万円 ÷ 1万株 ÷ 20 = 175円
- 簿価純資産ⓓ = 8億円 ÷ 1万株 ÷ 20 = 4,000円
業種目別株価は、令和8年分の「金属製品製造業」の値(第4章4-4で示す)を使う。業種目は、小分類が原則だが、通達181の定めにより納税義務者の選択で中分類・大分類を選べる。ここでは中分類30(金属製品製造業)を選んだ場合と、小分類32(その他の金属製品製造業)を選んだ場合の両方を計算する。
計算結果
| ケース | 使う業種目 | 比準割合 | 類似業種比準価額(50円換算) | 1株(資本金1,000円) | 併用後 | 発行株式総額 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 現行・中分類30を選択 | 30(A=441円・B=11.2円・C=49円・D=566円) | 4.28 | 1,132円 | 22,640円 | 28,376円 | 約2.84億円 |
| 現行・小分類32(原則) | 32(A=490円・B=12.7円・C=51円・D=619円) | 3.95 | 1,161円 | 23,220円 | 28,898円 | 約2.89億円 |
内訳(中分類30を選んだ場合)
配当:25÷11.2=2.23、利益:175÷49=3.57、純資産:4,000÷566=7.06。合計12.86÷3=4.28。441円×4.28×0.6(中会社の斟酌率)=1,132円。1,132円×20=22,640円。併用計算:22,640円×0.90+80,000円×0.10=28,376円。
内訳(小分類32を選んだ場合)
配当:25÷12.7=1.96、利益:175÷51=3.43、純資産:4,000÷619=6.46。合計11.85÷3=3.95。490円×3.95×0.6=1,161円。1,161円×20=23,220円。併用計算:23,220円×0.90+80,000円×0.10=28,898円。
このモデル企業の場合、業種目として小分類(その他の金属製品製造業)ではなく中分類(金属製品製造業)を選んだほうが1株あたり522円低くなる。通達181は小分類を原則としつつ、納税義務者の選択で中分類・大分類を選べると定めており、この「選べる」という点は実務上見落とされやすい。
計算上の注記
– 比準割合の各要素、および合計を3で除した値は、小数点以下第2位未満を切り捨てて計算している。価額は円未満を切り捨てている
– 純資産価額は簿価(8億円÷1万株=80,000円)を置いているが、実際の併用算式に入る純資産価額は「相続税評価額によって計算した金額」であり、評価対象資産に含み益があれば簿価より大きくなる。したがって実際の評価額は、この試算より高くなる可能性がある
3-3. 【当記事の仮定計算】方式が存続した場合の2つの見直し
国税庁が示している案は、方式そのものを残余利益方式へ入れ替えるものである。ここでは比較のために、類似業種比準方式の骨格を維持したまま一部だけ見直す場合の影響を、当記事が独自に置いた仮定で計算する(中分類30をベースにした、上のモデル企業の計算)。以下の2つのシナリオは、国税庁や有識者会議が示した案ではない。なお、次の3-4で国税庁が試算している「斟酌率」は残余利益方式の評価額に掛ける係数であり、ここで使う類似業種比準価額の斟酌率(大会社0.7/中会社0.6/小会社0.5)とは別のものである。
| ケース | 内容 | 比準割合 | 1株 | 併用後 | 現行(28,376円)比 |
|---|---|---|---|---|---|
| ウェイト見直し | 配当0.5・利益1.0・純資産1.5(合計を3で除する) | 5.09 | 26,920円 | 32,228円 | +13.6% |
| 類似業種比準価額の斟酌率0.8・規模区分廃止 | 類似業種比準価額の斟酌率を0.8に引上げ、併用をやめて類似業種比準価額のみで評価 | 4.28 | 30,180円 | 30,180円 | +6.4% |
内訳(ウェイト見直し)
配当 2.23×0.5=1.11、利益 3.57×1.0=3.57、純資産 7.06×1.5=10.59(各比準割合は3-2と同じく小数点以下第2位未満を切り捨てたうえで、ウェイトを掛ける)。合計15.27÷3=5.09。441円×5.09×0.6=1,346円。1,346円×20=26,920円。併用計算:26,920円×0.90+80,000円×0.10=32,228円。
内訳(類似業種比準価額の斟酌率0.8・規模区分廃止)
比準割合は現行と同じ4.28。441円×4.28×0.8=1,509円。1,509円×20=30,180円(併用をやめるため、これがそのまま評価額)。
この2つは、あくまで類似業種比準方式そのものが存続することを前提に当記事が置いた見直し幅であり、このモデル企業では現行比+6~14%程度にとどまる。方式そのものが残余利益方式に入れ替わる案では、国税庁自身の試算でも大会社の中央値が現行比+50.3%〜+114.7%となっており(次の3-4)、この幅とは前提も水準も異なる。
3-4. 国税庁が第6回で公表した試算(1,378社)
第6回(2026年9月16日)の資料で、国税庁は残余利益方式の評価額を試算した。令和2年分から5年分の相続税・贈与税の申告のうち、非上場株式がある申告から無作為に抽出し、類似業種比準価額と純資産価額の両方を算出している1,378社が対象である。前提は「加算期間5年・還元率8%」の仮置きで、完全子会社株式の修正など個別の調整は考慮していない。数値は各区分の中央値で、最終的な制度の数字ではない。
表1 純資産価額を100とした場合の評価額の水準(中央値)
| 区分(社数) | ROE(自己資本利益率。純資産に対する利益の割合)の中央値 | 現行 | 斟酌率1.0 | 0.9 | 0.8 | 0.7 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 全体(1,378社) | 1.8% | 58.2 | 71.6 | 64.4 | 57.3 | 50.1 |
| 大会社(128社) | 3.9% | 38.2 | 79.8 | 71.8 | 63.8 | 55.8 |
| 中会社(820社) | 2.1% | 53.4 | 74.0 | 66.5 | 59.2 | 51.7 |
| 小会社(430社) | 0.6% | 63.8 | 63.2 | 56.8 | 50.5 | 44.2 |
表2 現行の申告評価額の中央値を100とした場合の増減(中央値)
| 区分 | 斟酌率1.0 | 0.9 | 0.8 | 0.7 |
|---|---|---|---|---|
| 全体 | +28.1% | +15.2% | +2.3% | ▲10.4% |
| 大会社 | +114.7% | +93.2% | +71.7% | +50.3% |
| 中会社 | +40.2% | +26.1% | +12.1% | ▲1.9% |
| 小会社 | ▲1.9% | ▲12.0% | ▲21.8% | ▲31.6% |
表3 現行の申告評価額以下になる会社の割合
| 区分 | 斟酌率1.0 | 0.9 | 0.8 | 0.7 |
|---|---|---|---|---|
| 全体 | 33.1% | 40.2% | 48.6% | 57.3% |
| 大会社 | 16.4% | 21.1% | 24.2% | 28.1% |
| 中会社 | 26.5% | 33.5% | 42.2% | 50.9% |
| 小会社 | 50.7% | 58.6% | 67.9% | 78.4% |
出典: 国税庁 第6回会議 資料(06shiryo_kabukaigi.pdf)9・10ページ(資料に印字されたページ番号)。
読み方は次のとおり。斟酌率は残余利益方式の評価額の末尾に掛ける係数で、水準は「次回以降の会議」で議論するとされており未定である。表の数字が小さいほど評価額は下がる。小会社は中央値でみてどの斟酌率でも現行以下になりやすく、大会社は斟酌率0.7でも中央値で現行より50.3%高い。大会社は、そもそも現行で類似業種比準価額の比重が大きく評価額が低めに出ているため、方式が入れ替わると上がりやすい構造である。なお、これは国税庁が仮置きした前提での中央値であり、個々の会社の評価額は資産構成や収益力によって大きく異なる。
日商は、この試算から「大会社の約7割、全体でも4割超の企業が、現行方式より評価額が上昇する」と読み取っている(斟酌率0.7の場合)。国税庁の資料に「上昇する会社の割合」は直接書かれておらず、表3の「現行以下」の割合から逆算した概算である。経済産業省・中小企業庁は、この分析が企業規模別の中央値にとどまり、影響の把握としては不十分だと指摘している。
3-5. 【当記事の仮定計算】モデル企業を残余利益方式に当てはめると
3-2のモデル企業(純資産8億円・年間の税引後利益3,500万円・年間配当500万円)を、第6回の資料にある算式に当てはめて計算する。この計算は国税庁の試算ではなく、当記事が次の仮定を置いて行った参考値である。
- 算式は第6回の資料のとおり、「直前期末の純資産+第1〜5期の残余利益の現在価値」に斟酌率を掛ける(ターミナルバリューは加算しない)。残余利益は「年利益-前期末の純資産×還元率」で、純資産は毎期「利益-配当」ずつ増えるものとして計算する
- 還元率は第6回の試算と同じ8%の仮置き。斟酌率は国税庁の表にそろえて1.0〜0.7を並べる
- 利益3,500万円・配当500万円が毎年変わらないと仮定する。純資産は法人税申告書ベースとされているが、ここでは簿価8億円をそのまま使う。個別の調整(オペレーティングリース、子会社株式の修正など)は考慮しない
- 算式の検算として、第6回の資料にある計算例(年利益1,000万円・年配当200万円・純資産1億円・斟酌率0.8で82,613,654円)が同じ式で再現できることを確認している
| 斟酌率 | 評価額(発行株式総額) | 純資産(8億円)に対する割合 | 現行・中分類30(約2.84億円)比 |
|---|---|---|---|
| 1.0 | 約6.67億円 | 0.83倍 | +134.9% |
| 0.9 | 約6.00億円 | 0.75倍 | +111.4% |
| 0.8 | 約5.33億円 | 0.67倍 | +87.9% |
| 0.7 | 約4.67億円 | 0.58倍 | +64.4% |
このモデル企業は、利益3,500万円が純資産8億円の約4.4%(還元率8%を下回る水準)であり、毎期の残余利益はマイナスになる。それでも現行の約2.84億円を上回る。これは、このモデル企業では現行の評価額が簿価純資産の約0.35倍(約2.84億円÷8億円)と低く、残余利益方式の評価額は簿価純資産を出発点にするためである。これは1社の仮定計算であり、国税庁の中央値(表2の大会社+50.3%〜+114.7%、中会社▲1.9%〜+40.2%)とは別の数字である。実際の影響は、会社ごとの資産と利益の状況で大きく変わる。
4. 現行の類似業種比準方式のしくみ
たたき台の影響を正しく理解するために、現行の評価ルールを財産評価基本通達に基づいて整理しておく。
4-1. 3つの評価方式と会社規模区分
非上場株式の評価は、財産評価基本通達178・179に基づき、会社規模区分に応じて評価方式が決まる。区分は「卸売業」「小売・サービス業」「それ以外(製造業等)」で別表になっており、以下は「それ以外(製造業等)」の表だ。
| 規模 | 総資産価額(帳簿価額)及び従業員数 | 直前期末以前1年間における取引金額 |
|---|---|---|
| 大会社(従業員数が70人以上の会社 又は 右のいずれかに該当する会社) | 15億円以上(従業員数が35人以下の会社を除く。) | 15億円以上 |
| 中会社(従業員数が70人未満の会社で右のいずれかに該当。大会社に該当する場合を除く) | 5,000万円以上(従業員数が5人以下の会社を除く。) | 8,000万円以上15億円未満 |
| 小会社(従業員数が70人未満の会社で右のいずれにも該当する会社) | 5,000万円未満又は従業員数が5人以下 | 8,000万円未満 |
大会社は原則として類似業種比準価額(選択で純資産価額)、小会社は原則として純資産価額(選択でL=0.50の併用)が評価額になる。中会社は、類似業種比準価額×L+純資産価額×(1−L) の併用方式で評価する。
中会社のLは、イ(総資産価額及び従業員数)とロ(取引金額)の「いずれか大きい方」で決まる(製造業等の場合)。
| 割合 | イ 総資産価額及び従業員数 | ロ 取引金額 |
|---|---|---|
| 0.90 | 5億円以上(従業員数が35人以下の会社を除く。) | 4億円以上15億円未満 |
| 0.75 | 2億5,000万円以上(従業員数が20人以下の会社を除く。) | 2億円以上4億円未満 |
| 0.60 | 5,000万円以上(従業員数が5人以下の会社を除く。) | 8,000万円以上2億円未満 |
小会社の評価方法について、通達179は次のように定めている。
「小会社の株式の価額は、1株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)によって評価する。ただし、納税義務者の選択により、Lを0.50として(2)の算式により計算した金額によって評価することができる。」
つまり小会社は原則として純資産価額方式(L=0)だが、選択によりL=0.50の併用も可能だ。
なお、同族株主以外の株主等が取得した株式には配当還元方式が使われる。財産評価基本通達188は対象を4類型定めており、5%未満保有という要件が付くのはそのうち2つだけである点は誤解されやすい。
4-2. 計算式と斟酌率
財産評価基本通達180は、類似業種比準価額を次の算式で定めている。
類似業種比準価額 = A × {(ⓑ/B + ⓒ/C + ⓓ/D)/ 3} × 斟酌率 × (1株当たり資本金等の額 / 50円)
- A:類似業種の株価(業種目別に国税庁が公表)
- B・C・D:類似業種1株(50円換算)当たりの配当金額・利益金額・簿価純資産価額
- ⓑ・ⓒ・ⓓ:評価会社の1株当たり配当金額・利益金額・簿価純資産価額
- 斟酌率:大会社0.7/中会社0.6/小会社0.5
3つの比準要素(配当・利益・純資産)のウェイトは、現在1:1:1(合計を3で除する)である。
類似業種の株価Aについては、通達182の定めにより「課税時期の属する月以前3か月間の各月の株価のうち最も低いもの」が原則だが、納税義務者の選択により「類似業種の前年平均株価」または「課税時期の属する月以前2年間の平均株価」を使うこともできる。
純資産価額方式では、相続税評価額による純資産額と帳簿価額による純資産額の差額(評価差額)に一定割合を掛けた金額を控除する。財産評価基本通達186-2はこの割合を次のように定めている。
「185((純資産価額))の『評価差額に対する法人税額等に相当する金額』は、次の(1)の金額から(2)の金額を控除した残額がある場合におけるその残額に38%(法人税(地方法人税及び防衛特別法人税を含む。)、事業税(特別法人事業税を含む。)、道府県民税及び市町村民税の税率の合計に相当する割合)を乗じて計算した金額とする。」
控除割合は38%だ。
4-3. 業種目の選び方
業種目は、通達181の定めにより「小分類があれば小分類による」のが原則だが、納税義務者の選択により「小分類の属する中分類」「中分類の属する大分類」を選ぶこともできる。第3章の試算で示したとおり、この選択によって評価額が変わりうる。
評価対象会社の事業が2以上の業種目にまたがる場合は、通達181-2の定めにより「取引金額の業種目別割合が50%を超える業種目」を用いる。50%を超える業種目がなければ、「その他の○○業」等に寄せて業種目を決定する。
4-4. 業種目別株価(令和8年分)
国税庁は毎年、最新の業種目別株価表を法令解釈通達として発出している。令和8年分は「令和8年分の類似業種比準価額計算上の業種目及び業種目別株価等について」(課評2-41・2026年6月5日発出、最終改正2026年8月5日課評2-59)として公表されている。金属製品製造業に関する値は次のとおりだ。
| 業種目 | 番号 | B(配当金額) | C(利益金額) | D(簿価純資産価額) | A(令和7年平均) |
|---|---|---|---|---|---|
| 金属製品製造業(中分類) | 30 | 11.2円 | 49円 | 566円 | 441円 |
| その他の金属製品製造業(小分類) | 32 | 12.7円 | 51円 | 619円 | 490円 |
前年(令和7年分)は2025年6月9日付課評2-27(2026年1月9日最終改正)で公表され、日本標準産業分類第14回改定(2024年4月施行)を反映し、1業種が削除統合、3業種が新設された。
5. 事業承継税制との関係
5-1. 特例措置の期限と、延長されてきた経緯
事業承継税制の特例措置は、対象株式(議決権ベース最大100%、金額上限なし)に係る贈与税・相続税の全額が納税猶予される制度だ。利用には都道府県への特例承継計画の事前提出が必要で、この提出期限はこれまでに2度延長されている。
| 時点 | 提出期限 | 根拠 |
|---|---|---|
| 令和6年度税制改正の前の期限 | 令和6年(2024年)3月末 | — |
| 令和6年度税制改正 | 令和8年(2026年)3月末(2年延長) | 令和6年度税制改正の大綱(令和5年12月22日閣議決定)「非上場株式等に係る相続税・贈与税の納税猶予の特例制度について、特例承継計画の提出期限を2年延長する。」 |
| 令和8年度税制改正 | 令和9年(2027年)9月30日(1年6月延長) | 令和8年度税制改正の大綱(令和7年12月26日閣議決定)「非上場株式等に係る相続税・贈与税の納税猶予の特例制度について、特例承継計画の提出期限を1年6月延長する。」 |
一方、贈与・相続の実行期限(令和9年12月31日)については、延長しない方針が示されている。自由民主党・公明党の「令和6年度税制改正大綱」には次の記述がある。
「コロナ[禍]の影響が長期化したことを踏まえ、特例承継計画の提出期限を令和8年3月末まで2年延長する。この特例措置は、日本経済の基盤である中小企業の円滑な世代交代を通じた生産性向上が待ったなしの課題であるために事業承継を集中的に進める観点の下、贈与・相続時の税負担が生じない制度とするなど、極めて異例の時限措置としていることを踏まえ、令和9年12月末までの適用期限については今後とも延長を行わない。」
この一文は、与党の税制改正大綱に記載された方針である(閣議決定版の大綱にはこの方針文は含まれていない)。提出期限がその後さらに令和9年9月30日まで延長されている一方、実行期限(令和9年12月31日)を延長しないという方針そのものは維持されている。
中小企業庁は、雇用要件についても弾力化を行っている。
「雇用要件(事業承継後5年間平均で、雇用の8割の維持が必要)を抜本的に見直すことにより、雇用維持要件を満たせなかった場合でも納税猶予が継続可能になりました」
5-2. 会議では「恒久化・拡充」も論点になっている
有識者会議では、評価方式の見直しと事業承継税制の関係も論点になっている。第4回会合で座長は次のように述べている。
「特に本有識者会議における大きな問題事項として、評価方法の見直しと事業承継税制の恒久化・拡充の関係性について、当事者となる事業経営者の方々が不安に感じるのは当然のことであり、委員の中にも、事業承継への配慮は必要ないというお考えの方はいないものと理解している」
評価方式が見直されて株価が上昇する可能性がある一方、その負担増を緩和する手段として事業承継税制の扱い(恒久化・拡充を含む)が議論の対象になっている、という段階だ。恒久化や拡充が決まったという事実はまだない。
6. これまで使われてきた手法と、その先行き
これまで株価対策として使われてきた手法を整理する。ただし、国税庁は2026年8月20日の有識者会議で、このうちいくつかを「租税回避スキーム(評価額圧縮スキーム)」として名指しし、対応の方向性を示している。見直しが実現すれば効果がなくなる可能性が高いものが含まれる。また、これらの手法は税務上の合理性・必要性・客観性が問われ、株価操作目的のみと判断されると税務調査で否認されるリスクを伴う。実行にあたっては必ず顧問税理士・認定経営革新等支援機関と協議し、本来の経営判断との整合性を確保したうえで進める必要がある。
6-1. 特例事業承継税制の活用(最優先)
特例事業承継税制は、たたき台の対象になっていない。むしろ期限(特例承継計画は2027年9月30日、贈与・相続の実行は2027年12月31日)のほうが評価方式見直しの議論より先に到来する。後継者が決まっており株式承継の意思が固まっているなら、評価方式の見直し議論の帰趨を待たずに、最優先で検討すべき手法だ。提出期限のほうはこれまでに2度延長されており(経緯は第5章5-1の表のとおり)、「今後とも延長を行わない」という方針が示されているのは贈与・相続の実行期限(2027年12月31日)についてである。ただし提出期限も2027年9月30日までであり、いずれにせよ準備期間を考えると早期の着手が望ましい。
6-2. 役員退職金
現役社長が退任して後継者へ代表を譲り、退職金を支給する手法。退職金の支給には、損金算入による利益圧縮(類似業種比準方式のⓒ〈利益〉を下げる)と、現預金流出による純資産圧縮(ⓓ〈簿価純資産〉と純資産価額方式の評価額を下げる)の二重の効果がある。
適正額の算定には功績倍率方式が使われることが多い。
退職金 = 退職時最終報酬月額 × 役員在任年数 × 功績倍率
功績倍率の「3.0倍」という数字が目安として使われることが多いが、法令や通達に定めがあるわけではなく、実務上の目安として使われている数値である。功績倍率が過大と判断されると損金算入を否認されるリスクがあるため、同業他社の支給水準調査・株主総会決議・退職金規程整備を事前に行う必要がある。
国税庁は第5回資料で、役員退職金を「利益等を一時的に操作することで、評価額を圧縮するスキーム」として挙げ、「評価は企業の正常利益により行い、非経常的な損益を除外して評価する」という方向性を示している。第6回の資料では、一時的な役員退職金等は正常利益の計算で損金から控除し、純資産の修正はしない案が示された。見直しが実現すれば、この手法による評価額圧縮効果は縮小する可能性がある。
6-3. 持株会社化(ホールディングス)スキーム
後継者または後継者出資の持株会社が、銀行借入を原資に現社長から自社株を買い取る手法。現社長の財産が株式から現金に転換されて以降の株価上昇リスクから切り離せること、持株会社のバランスシートに借入金が乗り所有する子会社株式に含み損が生じることで持株会社株式の評価額が下がることが主なメリットとされてきた。
ただし、譲渡所得課税、借入金の返済負担、株価評価額の再上昇可能性、組織再編税制上の制約等のリスクは十分に検討する必要がある。加えて、持株会社は総資産(相続税評価額ベース)に占める子会社株式等の割合が高くなるため、財産評価基本通達189-(2)の「株式等保有特定会社」に該当し、類似業種比準方式が使えなくなる場合がある点にも注意が必要だ。該当した場合の評価方法と判定順序は特定の評価会社と株特ルール2026|純資産価額方式が強制される6類型・判定フローで整理している。
国税庁は、完全支配関係にあるグループ法人についてはグループ全体として評価を行う方向性を示している。見直しが実現すれば、グループ法人税制を活用した評価額圧縮の効果も見直される可能性がある。
6-4. 暦年贈与・相続時精算課税
暦年贈与(年間110万円の基礎控除)や相続時精算課税制度(特別控除2,500万円+年間110万円の基礎控除)を活用し、評価額が現行水準のうちに少しずつ自社株を移転する方法も引き続き有効な選択肢だ。暦年贈与の年間110万円の基礎控除は以前からある制度であり、令和5年度税制改正で新設されたものではない。暦年贈与は、基礎控除額110万円以下の贈与財産も相続財産への加算対象になる。国税庁は「したがって、基礎控除額110万円以下の贈与財産や死亡した年に贈与されている財産の価額も加算することになります」と説明している(相続税法第19条第1項)。
ただし、加算対象期間の「相続開始前7年以内」は段階的に適用される。相続開始日に応じた加算対象期間は次のとおりだ。
| 相続開始日 | 加算対象期間 |
|---|---|
| 〜令和8年12月31日 | 相続開始前3年以内 |
| 令和9年1月1日〜令和12年12月31日 | 令和6年1月1日から死亡の日までの間 |
| 令和13年1月1日〜 | 相続開始前7年以内 |
つまり2026年9月時点では、相続開始が令和8年(2026年)12月31日までであれば加算対象期間は従来どおり相続開始前3年以内であり、完全に「相続開始前7年以内」になるのは令和13年(2031年)1月1日以後に相続が開始する場合だ。また、相続開始の日が令和9年(2027年)1月2日以後の場合には、加算対象期間のうち相続開始前3年以内以外の部分について、贈与財産の価額の合計額から総額100万円までは相続税の課税価格に加算されない。
一方、令和5年度税制改正で新設され、令和6年(2024年)1月1日以後の贈与から適用されているのは、相続時精算課税制度の年間110万円の基礎控除(租税特別措置法第70条の3の2)のほうだ。同条により控除された金額は相続税法第21条の11の2第1項の規定により控除されたものとみなされるため、相続時精算課税ではこの基礎控除以下の部分は相続財産への加算の対象外となる(相続税法第21条の15第1項)。「毎年110万円ずつ贈与すれば7年以内でも相続財産に加算されない」というのは相続時精算課税を選択した場合の話であり、暦年贈与には当てはまらない。
この手法はたたき台の対象にはなっていない。複数年・複数人(子・孫等)への贈与を計画的に組み合わせることで、特例事業承継税制を使わずに株式を移転する選択肢としても機能する。
6-5. 業績調整
評価時点の直前期に、配当・利益等を調整して株価を下げる手法。減配・無配によるⓑ(配当)の圧縮、設備投資・修繕費の前倒し計上によるⓒ(利益)の圧縮、遊休資産の売却損計上や不採算事業の整理による純資産・利益の圧縮などがこれにあたる。
国税庁は、非経常的な損益を除外し企業の正常利益で評価する方向性を示している。減配については、そもそも配当を比準要素から外す議論もある。いずれも、株価操作のみを目的とした調整は税務調査で否認されるリスクがあり、本来必要な経営判断との整合性を取ることが前提となる。
7. FAQ
A. 確定情報ではありません。有識者会議は2026年4月の発足から第6回(9月16日)まで進み、第5回(8月20日)に事務局から具体的なたたき台が、第6回に各論と試算が示されましたが、座長は第4回で「現時点で評価方式を一本化するであるとか、類似業種方式を廃止するといった合意はない」と述べています。事務局は「今回の見直しは税制改正プロセスを経て行うことになることから、今秋を目途に一定の方向性をお示しできるよう進めてまいりたい」としており、具体的な改正時期はまだ示されていません。最新動向は国税庁 審議会・研究会等ページで随時確認してください。
A. 会計検査院は令和5年度決算検査報告で、規模区分別に、純資産価額に対する申告評価額の割合の中央値が「大会社0.32倍、中会社0.50倍、小会社0.61倍」であり、評価会社の規模が大きい区分ほど純資産価額に比べて低くなる状況にあると指摘しています(母数は延べ612社)。また、配当金額を計上していなかった評価会社が約80%、計上していても類似業種より配当金額の低い評価会社が60%超に達しており、「類似業種比準価額の計算式は評価会社の業績等の実態を踏まえて株式を評価する方法として適切に機能していないおそれがある」としています。こうした状況を踏まえ、会計検査院は「国税庁において、相続等により取得した財産のうち取引相場のない株式の評価について、異なる規模区分の評価会社が発行した取引相場のない株式を取得した者間での株式の評価の公平性や社会経済の変化を考慮するなどして、評価制度の在り方について様々な視点からより適切なものとなるよう検討を行っていくことが肝要」との所見を示しています。国税庁も会議の開催趣旨で、規模の大きな会社ほど評価額が相対的に低く算定されること、配当還元方式の還元率が近年の金利水準に比べて相対的に高いおそれがあることの2点を、見直しの理由として挙げています。
A. 準備期間を考えると、早めの着手が望ましいです。特例承継計画の作成(認定経営革新等支援機関の関与が必要)、株式の評価、贈与契約・株主総会決議、贈与税申告、認定申請を順に進める必要があり、最低でも数か月、複雑なケースでは1年以上かかることがあります。特例承継計画の提出期限(2027年9月30日)と贈与・相続の実行期限(2027年12月31日)の両方に間に合わせるには、余裕をもったスケジュールで顧問税理士・認定経営革新等支援機関に相談することをおすすめします。
A. たたき台では、純資産価額方式は「原則的評価方式」ではなく「特定の評価会社の株式の評価方式」として位置づけ直す方向が示されています。あわせて、評価差額に対する法人税額等相当額の控除(現行38%)をどのように整理すべきかが、今後の検討事項として挙げられています。具体的な見直し内容は未定であり、持株会社化や不動産購入による評価圧縮効果が完全に失われると断定するのは時期尚早です。有識者会議は完全支配関係にあるグループ法人についてグループ全体で評価する方向性も示しており、あわせて動向を注視する必要があります。
A. 還元率(財産評価基本通達188-2)が10%から例えば5%に半減すると、配当還元価額は2倍になります(同じ配当額に対する評価額が2倍になる計算です)。会計検査院の指摘は配当還元方式の還元率にも及んでおり、たたき台は配当還元方式を「特別の例外措置として適用の範囲等を見直した上で存置する」方向を示しています。あわせて、額面制度の廃止を踏まえた最低配当2.5円の計算方法の見直しも検討事項に挙がっています。少数株主の整理を予定している場合は、還元率が現行のまま適用される段階での対応も選択肢になります。
A. 適用開始時期はまだ決まっていません。事務局は「今秋を目途に一定の方向性をお示しできるよう」としているのみで、通達改正の時期や経過措置の有無は今後の税制改正プロセスの中で決まります。特例事業承継税制を活用して評価額・納税額を先に確定させることも、選択肢のひとつです。
A. たたき台の資料は「期待収益率以下 又は 赤字の会社=簿価純資産価額以下の株式評価額」としており、収益力が期待収益率を上回る会社ほど評価額が上がり、赤字・低収益の会社は評価額が簿価純資産価額を下回る方向が示されています。第6回で国税庁が公表した1,378社の試算(還元率8%・加算期間5年の仮置き)では、中央値でみて小会社は現行以下、大会社は斟酌率0.7でも現行より50.3%高い、という結果でした(第3章3-4)。日本商工会議所は個社によっては「現行方式の2倍から5倍近く」になるという試算を示しています。ただし、還元率と斟酌率の水準は決まっていないため、自社の金額を確定的に計算することはできません。参考として、当記事のモデル企業に仮定を置いて計算した例を3-5に載せています。実際の影響は、会社ごとの純資産と利益の状況で大きく変わります。
8. まとめ
国税庁の有識者会議は、2026年4月の発足から第6回(2026年9月16日)まで進み、事務局は第5回で「規模区分の廃止」「類似業種比準方式を存置することは困難ではないか」「インカムアプローチ(残余利益方式)を主軸に」というたたき台を示した。純資産価額方式は「特定の評価会社の株式の評価方式」に位置づけ直され、租税回避スキームへの対応として役員退職金・グループ法人税制・株主構成操作などが名指しで問題視されている。第6回では加算期間「5年程度」などの各論と、申告データ1,378社の試算(還元率8%・加算期間5年の仮置き)が公表され、中央値では大会社が現行より上がり、小会社が下がる結果だった。
ただし、これは事務局の提案であって委員の合意ではない。座長は「現時点で評価方式を一本化するであるとか、類似業種方式を廃止するといった合意はない」と明言しており、事務局も「今秋を目途に一定の方向性をお示しできるよう」という段階にとどまる。日本商工会議所の「現行方式の2倍から5倍近く」という試算はあくまで同会議所が一定の仮定の下で行ったものであり、国税庁の試算とは水準が異なる。還元率と斟酌率の水準は未確定のままだ。
一方で、特例事業承継税制の期限(特例承継計画の提出は2027年9月30日、贈与・相続の実行は2027年12月31日)はたたき台の対象になっておらず、評価方式見直しの帰趨とは独立して先に到来する。後継者が決まっている企業にとっては、評価方式の議論を見守りながらも、特例事業承継税制の活用を並行して検討する必要がある。
実行にあたっては必ず顧問税理士・認定経営革新等支援機関と連携し、自社の状況に応じた個別シミュレーションを行ったうえで意思決定すること。本記事は2026年10月8日時点で公表されている一次資料に基づく解説であり、確定情報ではない見通し部分は適宜最新動向と照合する必要がある。
参考資料
– 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」(審議会・研究会等): https://www.nta.go.jp/about/council/kenkyu.htm
– 国税庁 有識者会議 第5回 資料(2026年8月20日): https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260820/pdf/05shiryo_kabukaigi.pdf
– 国税庁 有識者会議 第5回 委員提出意見書(2026年8月20日): https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260820/pdf/05ikensyo_kabukaigi.pdf
– 国税庁 有識者会議 第5回 評価の見直し(骨子)(2026年8月20日): https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260820/pdf/05kijoshiryo_kabukaigi.pdf
– 国税庁 有識者会議 第6回 資料(2026年9月16日): https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260916/pdf/06shiryo_kabukaigi.pdf
– 国税庁 有識者会議 第6回 委員提出意見書(日本商工会議所)(2026年9月16日): https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260916/pdf/06ikensyo_kabukaigi.pdf
– 国税庁 有識者会議 第6回 委員提出意見書(経済産業省・中小企業庁)(2026年9月16日): https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260916/pdf/06obikensyo_kabukaigi.pdf
– 国税庁 有識者会議 第4回 議事要旨(2026年7月3日): https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260703/pdf/04giji_kabukaigi.pdf
– 国税庁 財産評価基本通達(取引相場のない株式): https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/hyoka_new/08/02.htm
– 国税庁 令和8年分 類似業種比準価額計算上の業種目及び業種目別株価等: https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kobetsu/hyoka/r08/2606/index.htm
– 会計検査院 令和5年度決算検査報告 第4章第4節: https://report.jbaudit.go.jp/org/r05/2023-r05-0654-0.htm
– 中小企業庁 事業承継税制(法人版): https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu_zouyo_souzoku.html
– 財務省 令和8年度税制改正の大綱(令和7年12月26日閣議決定): https://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/outline/fy2026/20251226taikou.pdf
– 財務省 令和6年度税制改正の大綱(令和5年12月22日閣議決定): https://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/outline/fy2024/20231222taikou.pdf



